公開日:2026年05月14日
このブログでは、教育の現場はもちろん、ビジネスや人材育成の分野でも注目されている「非認知能力」について解説していきます。
今の40代、50代にとってテストの点数や偏差値、学歴といった数値で能力を測ることは当たり前のことでした。しかし、社会に出て、あるいは親となり、長い人生を歩むなかで、「勉強ができることと人生を幸せに生き抜くことは、必ずしもイコールではない」と肌で感じる瞬間はないでしょうか。
思いがけないトラブルに直面したとき、あるいは人間関係のなかで立ち止まってしまったとき。私たちを支え、再び前を向かせてくれるのは、IQのような数値ではなく、もっと内面的な「心の力」です。今回はこの非認知能力の正体と、なぜ今世界中で注目されているのか、そしてどのようにしてこの力を育んでいけばよいのかを紐解いていきましょう。
非認知能力とは、一言でいえば「テストやIQのように、数値化することが難しい力」のことです。これまで重視されてきた計算力や記憶力といった「認知能力」が頭の良さを指すなら、「非認知能力」は目には見えない心のたくましさや人としての豊かさを指すといえるでしょう。
正解・不正解だけで問題が解決できれば人生の悩みのほとんどはなくなるかもしれません。しかし、40代、50代の日常を想像してみてください。職場での大小のトラブル、親の介護による生活の変化、思春期の子供との向き合い方。正しさだけでは問題が解決しない場面も少なくありません。
そんなときに私たちを助けてくれるのは、学校で習った公式ではなく「まあ、なんとかなるさ」と思える楽観性や、周りに助けを求められる柔軟なコミュニケーション力ではないでしょうか。これこそが、非認知能力の本質です。
元皇學館大学教授で道徳教育研究の第一人者である渡邊毅さんはその著書のなかで、非認知能力についてこのように述べています。
非認知能力とは、言い換えれば「心の力」であり、それは誰もがその内に宿しているが、育てようと意識しなければ静かに眠りつづけてしまう力でもある。この力は他者と比べて優れているかどうかではなく、自分自身の中で育まれ、人生を支える軸として根を張っていくものだ。粘り強く努力を重ねる姿勢、困難に向き合ってもあきらめずに立ち上がる勇気、自分を信じ他者を思いやる温かさ。こうした心の在り方は、学力や肩書きとは違った形で人の生を豊かにし、周囲によき影響をもたらしていく。そしてそれらは非認知能力の現れであり、誰もが日々の暮らしの中で育てていくことができるものなのである。
(渡邊毅『道徳は最強の「生存戦略」である――科学が証明した「成功」と「幸福」のメカニズム』ニューモラル出版)
代表的な非認知能力としては、以下のような力が挙げられます。
自己肯定感:自分は大切な存在であると信じ、不完全な自分をも受け入れる力。
忍耐力:自分の思い通りにいかない状況でも、すぐには諦めず、粘り強く取り組む力。
コミュニケーション力:相手の立場に立って思いやり、言葉の裏にある感情を察する力。
挑戦する力:失敗を恐れず、新しい環境や未知の事に対して好奇心を持って踏み出す力。
回復力:ミスや挫折を経験しても、自分を責め過ぎず、経験を糧に再び立ち上がる力。
例えば、職場で後輩の失敗をフォローするとき、単に正しいやり方を教えるだけでなく、相手の落ち込む気持ちに共感し、次への意欲を引き出す言葉をかけることができるのは、「高い共感力」という非認知能力があるからです。また、地域のボランティアや自治会の活動などで、自分とは違う価値観を持つ人たちと調整しながら物事を進められるのも、非認知能力が高いからといえます。
非認知能力の重要性を理解するために、それと対になる「認知能力」についても理解しておきましょう。認知能力とは、主にIQで測られるような、記憶力、計算力、読解力、論理的思考力などを指します。
これらは点数化しやすく、これまでの社会では頭の良さを測る最もポピュラーな基準でした。もちろん、認知能力が高いに越したことはありません。豊富な知識や論理的な思考は、複雑な問題を解くための強力な武器になります。
しかし、最近では認知能力と非認知能力は「木」のような関係にあると考えられています。認知能力が枝葉に実る「果実」だとしたら、非認知能力はそれを支える「根」や「幹」です。どんなに立派な果実を実らせる力があっても、根が弱ければ一度の嵐で木は倒れてしまいます。反対に、根が深く力強く張っていれば、嵐で大きく揺さぶられても根元から倒れることはなく、何度も豊かな実をつけることができるのです。
最近になって「非認知能力」という言葉をよく耳にするようになりましたが、実はその重要性が示されたのは、今から60年以上も前の1960年代にまで遡ります。
注目されるきっかけとなったのは、アメリカで実施された「ペリー就学前プロジェクト」という実験でした。ノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・ヘックマン教授らがこのデータを分析し、特に非認知能力を育てることに重きを置いた幼児教育を受けた子供たちは、成人後の所得や持家率が高く、犯罪率が低いといった事実を明らかにしたのです。
驚くべきは、幼児期に向上したIQの差は小学校低学年で消えてしまったにもかかわらず、人生の幸福度には大きな差が出たという点です。ここから、数値化できない「心の力」の重要性が世界中に知れ渡ることとなりました。
では、なぜ今になって日本でもこれほど注目されているのでしょうか。その背景には、AIの急速な進化があります。計算や記憶、定型的な作業はAIが得意とする分野となりました。正解を早く正確に出す能力だけでは、これからの時代を生き抜くことが難しくなっているのです。

非認知能力が高い人には、具体的にどのような特徴があるのか見ていきましょう。
非認知能力が高い人は、すぐに結果が出なくてもコツコツと努力を継続する「やり抜く力」を持っています。
「今日は気分が乗らないから」とやめてしまうのではなく、長期的な目標を見据えて今の自分にできることを黙々と積み重ねる。こうした忍耐強さは、周囲からの「あの人に任せれば安心だ」という信頼へとつながっていきます。
非認知能力が高い人は、感情が波立ってもそれを一時の衝動で周囲にぶつけたりしません。一呼吸おいて自分の感情を客観的に見つめ、「なぜ今、自分はこう感じているのか」を整理することができます。この感情をコントロールする力は対人関係での不要な衝突を避け、穏やかな人間関係を作り出します。
「この人と話すとなんだかホッとする」と思われる人は高い共感力や配慮を持っています。
自分の主張を押し通すのではなく、相手の話を丁寧に聴き、表情や声のトーンから相手のニーズを察する。そして、そこにさりげない気配りを添える。こうした「相手を尊重する姿勢」が自然に身についているため、チームの中でも潤滑油のような役割を果たし、温かな人間関係を広げていくことができるのです。
失敗をしない人はいませんが、失敗を「終わり」にする人と「学び」にする人がいます。非認知能力が高い人は、ミスを犯したときに自分を責めすぎず、「何が原因だったのか、次はどうすれば防げるか」と事実ベースで考えます。このような立ち直る力があるため、挫折を経験するたびに以前よりも一回り大きく成長していくことができます。
指示されたことをこなすだけでなく、今の状況から「自分は何をすべきか」を主体的に判断できるのも大きな特徴です。「わからないからやらない」ではなく、「とりあえず調べてみよう」「詳しい人に聞いてみよう」と自分から動き出そうとします。
目まぐるしく状況が変わり、先行きが不透明で唯一無二の正解がない現代では、この力は非常に強い武器となります。
子育て中の親であれば「我が子に身につけさせたい力」として気になっているかもしれません。非認知能力は塾で教わるような知識ではなく、日々の暮らしのなかで「大人がどう関わるか」によって育まれていきます。
子供が何かを一生懸命やっているときでも、大人はつい「こうすればいいよ」と手出し、口出ししがちです。しかし、そこをじっとこらえて見守ることが子供の「自分でやり抜く力」を育てます。見守った結果、たとえ失敗したとしても、それも貴重な経験です。自分の力で試行錯誤した実感が自信へとつながっていくのです。
できれば子供にはテストで高い点数を取れるようになってほしいし、部活の試合では負けるよりは勝ってほしいと願うのが親というもの。しかし、高い得点や勝ち負けの結果だけをほめると、子供は「失敗したら価値がない」と思い込んでしまいます。大切なのは「毎日コツコツと勉強を続けていたね」「あきらめずに努力したね」と、その「過程(努力)」に光を当てることです。過程を認められることで子供は「努力することに価値がある」という前向きな成長思考を育んでいきます。
「自分はここにいていいんだ」という安心感は、すべての非認知能力の土台です。そのためには、できないことがあっても失敗しても、その子の存在そのものを肯定する関わりが欠かせません。
「完璧でなくても、あなたは素晴らしい」。そんな無条件の愛情を伝え続けることが、子供の心を安定させ、未知なる世界へと力強く踏み出す勇気を与えます。
家族以外の大人や年齢の違う友達と接する機会を積極的につくるのもいいでしょう。自分とは違う価値観に触れるなかで、子供は「人には自分とは違ういろいろな考え方があるんだな」と学び、相手を思いやる心や協調性を身につけていきます。地域の行事や野外活動に参加するのはもちろん、学童保育や親せきの集まりも非認知能力を磨くための素晴らしい学びの場になります。
家庭のなかで簡単なお手伝いや役割を任せましょう。「自分はこの家族の一員として役に立っている」という感覚(自己有用感)は、責任感や主体性を育みます。
いつもは大人にお世話される側の子供ですが、大人からの「ありがとう、助かったよ」という感謝の言葉は、「自分にもできることがある」という自信と誇りを育てます。

40代・50代は、人生の折り返し地点ともいわれます。これまでの人生で培ってきた知識や経験は十分にあるはずです。そこに少しだけ心のあり方や習慣のエッセンスを加えるだけで、非認知能力を高めることができます。
むしろ、さまざまな人間関係の苦労や挫折を経験してきた大人だからこそ、他人の痛みに共感し、自分を客観的に見つめ直すことができるのです。意識次第で人は何歳からでも、もっと人間味豊かな自分へと変わっていくことができます。
人は一生成長できるということについて、前出の渡邊さんは神経科学の知見を踏まえて次のように述べています。
脳は固定された器官ではなく、イメージや学習経験によって継続的に変化し得る柔軟なシステムであるという事実である。これは「神経可塑性」と呼ばれる脳の能力が関係している。神経可塑性とは、脳神経系が内的な要因や外界からの刺激に応じてその構造や機能、神経同士の接続を再編成し、脳の活動そのものを変化させることである。
(前掲書)
脳の神経回路は、森の中にできた小道のようにたとえることができる。最初は草が生い茂って歩きにくい場所も、何度も通るうちに草が踏み固められ、はっきりとした道になる。同様に、メンタルイメージや学習を繰り返すことは、その「道」を何度も歩く行為に似ている。(中略)
このような神経可塑性の視点から見ると、意志や学び、経験は人間の在り方そのものを形づくる根源的な営みだと言えるだろう。人は思考や感情、行動の積み重ねを通して、自らの脳を作り変えながら、生涯にわたって自己を更新し続けることが可能なのだ。これはあたかもろくろの上で形を変えていく粘土のようなものだ。意志や学び、経験という「手」が加わることで人は自らの脳という器を少しずつ形づくり、整え、磨き上げていけるのだ。
では、大人が非認知能力を高めるためにはどのような取り組みが効果的なのでしょうか。
筋肉は使えば使うほど鍛えられるように、やり抜く力や自己管理能力も使えば使うほど高まります。ポイントは「絶対にできる小さな目標」を設定することです。
「毎朝、家族に自分から挨拶をする」「毎日1ページ本を読む」。こうした小さな目標を立てて守り続けること。その積み重ねが「自分は自分を律することができている」という自信につながります。
私たちは日々、多くの情報を浴びながら感情を揺さぶられています。そこで、1日の終わりに数分だけでも、自分の行動や感情を静かに振り返る時間を持ってみましょう。「あのとき、なぜあんな言い方をしてしまったのか」「今日はこんな嬉しい出来事があった」。ノートや手帳に数行書き出すと頭の中がすっきりと整理され、感情の波に飲まれにくくなります。
いつもの習慣やいつものグループは心地よいものですが、時には少しだけ背伸びが必要な場所へ身を置いてみるのもいいでしょう。
例えば「いつもなら少し面倒で断ってしまうお誘い」に、あえて一回だけ乗ってみる。子育て中であれば、「いつもの公園ではない公園」に行ってみる。あるいは、学校ボランティアで「あえてやったことのない役割」に立候補してみる。 そんな小さな勇気が非認知能力を高めるスイッチになります。
あえて「いつもの」を選ばないことで、戸惑いや未知の経験が脳を刺激し、思考の柔軟性や好奇心を呼び覚ますはずです。
非認知能力とは、私たちが幸せに生きていくための心の力であり、人生を支える根っことなる力です。それは、誰かと競うための学力や肩書きとは違い、日々の暮らしのなかで自分自身が育てていくもの。そして、育てようと意識することで、何歳になっても高められる力でもあります。AI時代という大きな変化のなかで、人間ならではの価値を問い直したとき、行き着くのは、非認知能力という数値化できない心の力なのです。

\ 監修者 /
富田裕之
公益財団法人モラロジー道徳教育財団コンテンツ開発局長として「心豊かな生き方・働き方」をテーマとしたコンテンツ制作に従事。「正しいのはわかっているけれど、現実では難しい」そんな日常の葛藤に寄り添い、毎日を少しずつアップデートする、温かくも本質的なヒントを届けている。

\ 執筆者 /
ニューモラル 仕事と生き方ラボ
ニューモラルは「New(新しい)」と「Moral(道徳)」の掛け合わせから生まれた言葉です。学校で習った道徳から一歩進み、社会の中で生きる私たち大人が、毎日を心穏やかに、自分らしく生きるために欠かせない「人間力」を高めるための“新しい”考え方、道筋を提供しています。
ニューモラルブックストアでは、よりよい仕事生活、よりよい生き方をめざす、すべての人に役立つ本や雑誌、イベントを各種とりそろえています。あなたの人生に寄りそう1冊がきっと見つかります。


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