2024年07月27日
スタンリー・キューブリック監督の名作『時計じかけのオレンジ』では、近未来を舞台に暴力行為に魅入られた主人公の不良少年アレックスが、人格を変えるための“治療”を受けるシーンが印象的でした。
映画はもちろんフィクションですが、自分の性格を「変えたい」と考える人は少なくありません。なぜ人は自らの性格を変えたいと思うのでしょうか。一緒に考えてみませんか?
性格とは「その人らしさ」のことを指します。その人が持つ特徴的な行動パターンや思考の傾向、感情の表しかたや内面的な要素などを含んだ人間性そのものです。
抽象的な表現になりますが、その人自身の「心のありかた」といってもいいでしょう。持って生まれた先天的な気質に加え、幼少期の家庭環境や教育歴、本人の努力によって変化する後天的な性格があります。
同じ遺伝子を持って生まれたはずの一卵性の双子でも性格が異なるように、その人の性格を決定づける要因は遺伝的要素だけでは説明できません。
人が成長する中で周囲からさまざまな影響を受け、それらの要素が複雑にからみ合いながら、個々の性格が形成されると考えられます。
新しいことに対する適応力や柔軟性、オープンマインドな考え方は、社交性や協調性などのコミュニケーションスキル同様、本人の努力やトレーニングなどで身につけることが可能です。
一方で内向的な性格や外向的な性格などの基本的な特性は、大幅に変化させるのが難しいとされています。
長年にわたって固定化された思考や行動パターンを突然変えるのは至難の業です。自分自身も無意識に動いているため、変えようと思っても簡単に変えられるものではないからです。
臨床心理士の玉井仁さんは著書で性格に影響を及ぼす「子供のころの決断」について説明しています。
「子供のころに、人生における大きな決断をする人も少なくありません。親の機嫌を損ねると危険だと感じながら生きてきた人は、『自分の感情は無視し、相手の感情が良くなるように振る舞う』という決断を子供のころにしているかもしれません。
同じ環境でも、別の子供は『人は信用しない』『負けたら終わり、とことん戦う』などという決断、そして生きる指針を自分に言い聞かせるようになるかもしれません。
そのような子供のころの決断は、その時代を生きのびるために必要でもあるのですが、性格の一部となり、大人になっても強く影響を及ぼし続けます」
もっと積極的になりたい、社交的になりたい、ひねくれた性格を直したい、おとなしい性格を変えたい、具体的なイメージはないけれど、とにかく性格を良くしたい――。
性格が心のありかただとしたら、それを「変えたい」というのはどのような心の動きなのでしょうか?
自分の性格に満足していない部分があり、より良い人間になりたいという自己改善の欲求。あるいは、人生の中で成長と変化を続けたいという向上心。過去の経験や人間関係において自己嫌悪や劣等感が刺激された経験など、人それぞれにさまざまな理由があります。
仕事で立場が変わり、「リーダーシップを発揮したい」などビジネスで必要に駆られて……というケースもあるでしょう。
持ち合わせた性質を否定せずとも、新たに必要なスキルをプラスすることで解決できるようにも思えますが、今の自分とは「まったく別の性格になりたい」と考える人が多いようです。
十代の頃は自分の内面がつかみ切れず、人生の手綱(たづな)を握れていないような気がして無性に鬱憤がたまる時期がありますが、長く付き合う中でだんだんと自分自身のコントロールがうまくなっていきます。
学生時代は教室という小さい空間の中で劣等感や優越感を刺激される出来事も多いですが、社会に放り出されると、これまでの自分が想像もつかなかった世界の大きさに圧倒されます。
そこでは自分の小ささを突き付けられ、時には心の中でずっと大切にしてきた物を手放さざるを得ないこともあるでしょう。
それらを受け入れるのが「大人になること」だとすれば、尖っていた若者たちはそんな経験を経て、“まるく”なったのかもしれません。
心から「性格を変えたい」と考えているのなら、まずは習慣と行動を変える必要があります。自分がどのような時にどのような行動をとるのか、自身で自覚するところから始めてみましょう。
性格を変えるための第一歩は、まず自らの“現在地”をはっきりさせること。スタート地点を決めなければ目的地への行き方がわかりません。
なぜ性格を変えたいと思ったのか、そもそも変える必要があるのか? 今の自分はどんな性格でどんな考え方をすることが多いのか?そして、どのようなシチュエーションで心が動かされるのか――。
それぞれの問いに対してきちんと回答をできるよう、冷静な目で自分自身を見つめ、ゴールのない自己分析を続ける覚悟が必要です。
自分の「良いところ」と「改善点」をノートに書きつけたり、日記をつけたりして1日の感情を言語化する作業も自身を知るヒントを与えてくれます。
次にやるべきは、「どんな人になりたいか」を具体的にイメージすることです。
優柔不断だから決断できる人になりたい。小さなことで動揺しがちだから何に対してもどっしりと受け止められる人になりたいなど、最初はざっくりと抽象的なイメージをつかむことから始め、そこからディテールを詰めていく感覚です。
周囲にモデルケースとなるような人物がいる場合は、その人のことをよく観察してみましょう。
いない場合でも、例えば「自分で決断できる人はこんな時どうするだろうか?」と想像しながら日々を過ごしてみると、徐々に自分の“こうなりたい”のイメージが固まり、これからやるべきことが見えてきます。
私たちの毎日の行動や判断の背景にはいつも習慣があります。「新しい習慣」を身につけることは「新しい自分」をかたちづくることでもあります。
毎日の繰り返しでルーティンが生活の一部となり、考える前に体が動いてしまうのが習慣です。性格を変えるのは大変ですが、習慣は本人の努力次第で身につけられます。
これから「毎朝ジョギングをする」と決めたのなら、それを継続するかどうかは自分で決めること。最初はつらいかもしれませんが徐々に体が慣れて、しばらくすれば以前よりも長く、遠くまで走れるようになっています。
それと同じように、自分の思考のパターンについても考えてみてください。
なりたい自分を意識しながら、日々の生活の中で「嫌なことはその場ではっきり断る」「会話は“でも”“だって”などの否定から入らない」「小さな決断も人任せにしない」などの小さな心の習慣を続けると、いつしか自然と実行できている自分自身に気づくはずです。
心機一転とは、あることをきっかけに気持ちを切り替えること。身を置く場所を変えると、新しい心持ちになり、性格が変わったように感じることがあります。
米国の起業家ジム・ローンの「人はともに時間を過ごす5人の平均になる」という言葉があります。人はあらゆる面で周囲の人の影響を強く受けるものです。
保守的な雰囲気の人たちの中にいるか、革新的なものを好む人たちの中にいるか……。どのような人に囲まれているかが、その人の言葉づかいや価値観、趣味、さらには年収やビジネスの成否までにも影響を及ぼすというのです。
新しい環境や人間関係に飛び込むと新しい自分に出会えるとしたら――。今の環境でうまくいかないことがあっても、それは自分の問題ではなく周囲の人や環境との相性が原因かもしれない、ということです。
契約結婚をテーマに描いた漫画『逃げるは恥だが役に立つ』(作・海野つなみ)のタイトルの由来は「逃げるのは恥のようだが、生き抜くことが大切」という意味のハンガリー語のことわざであることはご存じですか?
問題に直面した際、その問題が自分の手に負えないと感じた場合は場所を変える(逃げる)ことが最善の解決策になることもある、という発想はどこの国でも同じなのかもしれません。
自分ひとりで行き詰まりを感じたら、専門家の力を借りるのもひとつの選択肢です。心理療法やカウンセリングなどで第三者をはさむと新たな視点が生まれることがあります。
最近はオンライン上でのカウンセリングサービスも増えています。必要に応じて自分に合う相談先を探してみてください。
人に話をしてみると、時に「そもそも性格を変える必要などないのではないか?」という答えに行きつくこともあるかもしれませんが、どのようなゴールだとしても、思い込みに縛られて動けなくなるよりは一歩前に進んだといえるのではないでしょうか。
家庭や仕事、人間関係をめぐる数多くの人生相談に回答してきた玉井哲さんには「自分の性格を直したい」という悩みも数多く寄せられます。玉井哲著『「今」を前向きに生きる』から抜粋してお届けします。
〈三十代・男性〉「私は四人兄姉の末っ子で何不自由なく育ったせいか、性格が飽きっぽく、何をしても長続きしません。
(中略)就職してからも仕事を転々と変え、現在、ある会社で見習いとして働いていますが、『最終チェックが甘い』と先輩からよく指摘されます。何が足りないのでしょうか。」
〈玉井〉「“自分の足りないところを何とかしたい”というあなたの気持ちも分かりますが、まずは自分が現在いただいている『出会い』と『ご縁』を大切にすることから始めてはいかがでしょうか。
そして平凡に生きることを甘く見ず、『今、自分のいる場所』で、絶えず前向きに、足元を固めることを心がけることが大切です」
「『どこで何をするか』が重要なのではありません。どのような形であっても『他人の安心と満足に役立てるよう、自分を成長させること』が、人間のいちばんの喜びです。
この点をよく理解され、短気を起こさず、落ち込まず、すぐに人に認められようとせずに、小さなことを十年、二十年と粘り強く努力を続ける気持ちで、一日、一日を過ごされることをお勧めします」
〈四十代・女性〉「私は人に対する好き嫌いが激しく、自分と合わない人には話もしたくないほどです。また、感情的になりやすく、後先を考えずにものを言ってしまったり、きつい言葉づかいになったりして、人間関係でよく失敗します。
(中略)どうしたら、穏やかに話ができ、どんな人とも、うまく付き合えるようになるでしょうか」
〈玉井〉「このままでは自分で自分の人格に傷をつけ、ひいては自分の人生を台無しにしてしまいます。これを機に、『これは私の性格だから、もう変えられない』と考えてしまうのではなく、真剣にこの思考パターンを変えることに挑戦して、心から自分のことが好きになれるように努力してください」
「自分の長所も短所も含めて、すべてを素直に受け容れるところから、本当の自分を慈しむことができるようになるのです。また、そうなれば、他人のことも批評したり裁いたりすることなく、あるがままに受け容れることができるようになるはずです。
このように、自分の弱さ、人間の弱さを正しく受け止めることから、『自分や他人の欠点に対して怒りを覚えることなく、どこでも、どんな人からも学ぼう』という謙虚な態度が身に付いていきます」
「性格を変えたい」という気持ちは「より良くなりたい」という向上心の表れでもあります。自分自身の持ち味を生かしながら、ネガティブな部分も「それもまた自分」と受け容れることができたのなら……。自分自身への深い信頼感が生まれ、より充実した人生を歩めるはずです。
\ この記事の監修者 /
ニューモラル 仕事と生き方ラボ ニューモラルは「New(新しい)」と「Moral(道徳)」の掛け合わせから生まれた言葉です。学校で習った道徳から一歩進み、社会の中で生きる私たち大人が、毎日を心穏やかに、自分らしく生きるために欠かせない「人間力」を高めるための“新しい”考え方、道筋を提供しています。
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