2025年12月16日
「幸せとは何か?」
この問いは古来、人類が追い求め続けてきた普遍的なテーマです。どんなに物質的に豊かでも、心が満たされなければ「幸せ」とはいえない。現代では、そう感じる人が少なくありません。
そして今、ウェルビーイングという言葉が、健康や幸福感だけでなく、社会全体が大切にすべき価値観として注目されています。
私たち一人ひとりの「社会生活の質」と「心の質」は別々に考えることはできません。二つをつなぐもの、それがウェルビーイングです。
この記事では、ウェルビーイングとは何か?なぜ世界的に注目されているのか?どうしたらウェルビーイングな状態になれるのか?という点について解説します。
ウェルビーイング(Well-being)とは、well(よい)とbeing(状態)からなる言葉です。
世界保健機関(WHO)では、ウェルビーイングのことを個人や社会のよい状態。健康と同じように日常生活の一要素であり、社会的、経済的、環境的な状況によって決定されると紹介しています。
いわゆる「幸せ」に近い言葉として知られていますが、それは単に病気をしていない状態ではなく、身体的・精神的・社会的に良好な状態を総合的に表す概念です。この言葉の本質は、「苦痛がないこと」よりも、「人生に満足し、意味や喜びを感じられる状態」を指します。
現代社会では、経済的な成功だけではなく、自分らしい人生を歩むことの幸福感や、社会全体がよくなっていくことが重視されています。このような視点から、ウェルビーイングは個人の健康だけでなく、社会政策、企業の人材戦略、地域コミュニティづくりといったことまで、広く深く関わる重要な考え方なのです。
言い方を変えれば、ウェルビーイングは、単なる健康状態の良し悪しを超え、生き方の質そのものを問う概念です。
「自分の状態に気づき、自分を丁寧に扱うこと」「人との関わりを通じて、目に見えない心のコップ(器)を上向きにしていくこと」「対話の中で、自分の生きる方向を確かめていくこと」。こうしたプロセスが、ウェルビーイングを高めることにつながっていきます。つまり、ウェルビーイングとは幸せか幸せでないかの結果を表すものではなく、私たちが日々積み重ねている選択をよりよく整える営みなのです。
ウェルビーイングは大きく2つの側面に分けて考えることができます。
1つ目の側面は、主観的ウェルビーイングです。これは、本人が感じる幸福感・満足感を意味します。たとえば、「毎朝目覚めるのが楽しみ」「自分の人生に満足している」と感じること。これが主観的ウェルビーイングです。
2つ目の側面は、客観的ウェルビーイングです。本人だけに分かる幸せがある一方で、外部から測ることのできる生活の質もあります。これは健康状態、所得、教育水準、社会支援といった客観的な指標です。
どちらか一方だけが高くても、本当のウェルビーイングとは言い切れません。主観と客観の両方がバランスよく整ってこそ、深い満足感と幸福感が実現されるのです。
なぜ最近になってウェルビーイングという言葉が注目されるようになったのでしょうか。その背景には、現代社会が抱える課題と、新しい価値観の登場あります。
現代はかつてないほど情報量が増え、また抱えるストレスが増大しました。仕事のプレッシャー、SNSによる他人との比較、人間関係から生じる孤独。こうした精神的な負担は身体的健康にも影響を与えています。
このようなストレスフルな現代において、私たちは単に「病気でない状態」を超えて、心と体のバランスが取れた健康的な生活を求めるようになりました。ウェルビーイングは、こうした「健康の再定義」として注目されています。
SDGs(持続可能な開発目標)の中でも、多くの指標がウェルビーイングにつながっています。現代は、単に経済成長を追うだけではなく、社会全体で心豊かな暮らしを維持することが求められるようになりました。それは、自然環境や経済だけに限ったことではなく、人々の幸福感や社会的なつながりが維持される社会でもあるのです。
近年、企業の採用・人事戦略でもウェルビーイングが重視されています。
企業がウェルビーイングに注目する理由、それは従業員の健康や満足感が高まると、生産性・創造性・組織への帰属意識が高まり、企業価値そのものが成長すると考えられているからです。そのため、多くの企業が従業員のウェルビーイングを実現するために、柔軟な働き方やメンタルヘルス支援、ワークライフバランス重視の制度を導入しています。
これらは単なる福利厚生ではなく、人が心地よく働き、生きるためのインフラとなっています。
少子高齢化が進む日本社会において、長く健康に生きることの価値はますます重要になっています。人生百年時代といわれる今、定年後の人生は何を生きがいとし、いかに健康に過ごせるかが人生の価値を高めます。高齢者が心身ともに健康で活躍できる社会は、単に福祉を強化するだけでは達成できません。ウェルビーイングは、高齢者にとっての幸福という視点からも注目されているのです。
現代は、1日に触れる情報の量が、江戸時代の1年分に匹敵するといわれます。この情報洪水は、脳の前頭前野への負荷を増やし、判断の質が下がる、疲労感が取れない、比較による不安が高まる、自己肯定感が揺らぎやすいといった心理的影響を生んでいます。
ウェルビーイングが注目されている背景には、認知疲労を回復する仕組みが求められているという側面もあります。つまり、ウェルビーイングとは、現代人にとって必要な休息と再生のための土台であり、避けて通れないテーマなのです。
昭和や平成の時代は「こう生きれば良い」という暗黙のルールが強く存在しました。しかし令和の今は、働き方の多様化、家族の形の変化、キャリアの非直線化、自己承認より共感や共創が重視されるといった多軸的な価値観の時代に移行しています。
これにより、個々人が「私はどう生きるのか」「何が私にとっての幸福なのか」を主体的に選び取る必要性が高まっています。ウェルビーイングは、正解のない時代のコンパスとして重要性を増しているのです。

最近になって耳にすることが多くなったウェルビーイングですが、実はその考え方は、決して新しいものではありません。
その起源は古代ギリシャにあります。哲学者のアリストテレスは「良き生(Eudaimonia)」として幸福の探求を行いました。彼が追い求めたのは、快楽だけでない「生きがい」や価値ある生です。
近代に入り、1970年代にはブータンが「国民総幸福量(GNH)」という概念を打ち立てました。これは、国の状態を経済のモノサシではかるGDP一辺倒の価値観に異議を唱えるものです。
その後、心理学者マーティン・セリグマンはポジティブ心理学の立場から、ウェルビーイングを幸福研究の中心に据えました。このように、時代を経るごとにウェルビーイングの視点は深く広がってきました。
では、ウェルビーイングを実現するにはどのような要素が必要なのでしょうか。代表的なモデルとして、以下の2つがよく挙げられています。
米国ギャラップ社は、ウェルビーイングは以下の5つで構成されるとしています。
1)職業的ウェルビーイング 働くことに意味と満足を感じる力
2)社会的ウェルビーイング 人間関係やコミュニティへのつながり
3)経済的ウェルビーイング 安定した財務状況
4)身体的ウェルビーイング 身体の健康と活力
5)コミュニティウェルビーイング 地域社会の安心感と貢献感
この5つが互いに影響し合いながら、全体のウェルビーイングを形づくるとしています。
また、すでに触れた心理学者のセリグマンは「PERMAモデル」を提唱しています。
【P】Positive Emotion(前向きな感情)
【E】Engagement(没頭)
【R】Relationships(良好な人間関係)
【M】Meaning(意味や目的)
【A】Accomplishment(達成感)
セリグマンはこれらを、心の奥底から満足感を獲得するための「内的資源」と位置づけました。
ギャラップ社の5つの要素が「働き方・健康・経済・コミュニティ」など生活環境を測定する指標寄りであったのに対し、PERMAモデルは、人の内面がどう幸福を感じるかという心理的プロセスに焦点を当てるものです。
さらにセリグマンが、幸福を「外側の条件」ではなく、自分の選択と態度で育てられるスキルとして提示した点に大きな価値があり、ウェルビーイング研究を生活実践へと広げた重要なモデルとされています。
最新の「世界幸福度ランキング2025」によると、日本は147か国中55位となっています。
これは、前年の51位から順位を下げた結果であり、日本社会におけるウェルビーイングの課題を示しています。
特に「社会的支援」「人生の自由度」「寛容さ」といった主観的要素が、他国に比べて相対的に低いと指摘されています。このランキングは、国内だけの尺度を超えて、個人の生活の質や心の満足感が国際的に比較される指標として世界的な注目を集めています。
日本の幸福度が上がりにくい背景には、いくつかの社会構造があります。
1.対話文化よりも察する文化が強い
その場の雰囲気を察することには良い面もありますが、心理的安全性が生まれにくいという側面
もあります。
2.成果主義の浸透により「比較疲れ」が増大
日本人は他者基準の自己評価を求めがち。他人と比べて自分のできていない点や劣っている点に目が
いくため、幸福度が上がりにくくなります。
3.感情表現の抑制が美徳とされやすい
例えば、優れた功績を認められても「自分なんてまだまだです」と遠慮することはありませんか。
ポジティブ感情を共有しづらく、主観的ウェルビーイングが上がりにくいのが日本人の特徴で
す。
4.コミュニティの希薄化
都市化や個人化が進み、人と人とのつながりが希薄になったことで、コミュニティの中で得られ
る幸福感が少なくなりました。
これらは、個人の努力では変えられない構造的問題を含んでいます。だからこそ日本社会全体でウェルビーイングを高める必要があるのです。

ウェルビーイングを実現するためには、個人・企業・社会(政府・地域)がそれぞれ役割を果たす必要があります。
国が取り組むべきは、政策による基盤づくりです。具体的には、健康支援制度の充実、働き方改革の推進、精神的ケアへのサポート、教育制度の再設計などです。
これらは、単なる経済政策ではなく、国民一人ひとりの生活の質を底上げする施策として位置づけられなければなりません。
企業は、従業員のウェルビーイングを組織戦略として捉えています。各企業では、心理的安全性を高める職場づくり、メンタルヘルス支援やカウンセリング、リモートワークや柔軟な働き方、仕事の意味や達成感の創造といった具体的施策として実践されています。
地域社会は、日常生活のなかで人々のつながりを支える最前線です。コミュニティ活動の活性化、高齢者支援や子育て支援の推進、住民が顔の見える関係を持つ仕組みづくりといった活動が、孤独感の解消や社会的つながりの強化に直結します。
ウェルビーイングは、特別なトレーニングよりも、日々の小さな行動の積み重ねによって高まっていくことが、さまざまな研究で示されています。
ここでは、今日から無理なく始められる4つのことを紹介します。
1.感謝の反射を育てる
ウェルビーイング研究の中でも、「感謝」は最も効果が高い方法として知られています。
ポイントは、感謝すべき特別な出来事を探すのではなく、日常の小さな出来事に「ありがとう」を見つけて感謝を育てることです。例えば、コーヒーが美味しかった、雨が止んでくれた、誰かの笑顔を見かけたなど。こうした「ごく小さな感謝」に気づく力は、脳の回路をいつでも感謝を探す状態に書き換えます。感謝が積み重なるほど気持ちは整い、主観的ウェルビーイングは自然と高まっていきます。
感謝が苦手という人には、毎晩1つだけ「今日のありがとう」を日記や手帳に書き留めてみるのがおすすめです。
2.デジタル・デトックスの習慣化
現代は、常に情報が手元に届く時代です。スマートフォンを見続けることで、脳は休む暇を失います。
1日15分でよいので、意図的に「画面から離れる時間」を取るだけで、脳の負荷が下がり、疲労感が軽減され、感情の波が穏やかになります。
スマホから離れて、散歩をする、お茶をゆっくり飲む、何もしない時間を5分つくる。たったそれだけでも、脳内がリセットされ、心の落ち着きを取り戻すことにつながります。
3. 心のコップを上向ける小さな行動
コップに水を注ごうとしても、そのコップが伏せてあったとしたら、どんなに水を注いでも中には1滴もたまりませんよね。心もそれに似ていて、心を伏せた状態では、どんなに外側から幸福を注がれても受け取れないのです。
心の向きは、環境よりも「行動」で変わります。誰かに挨拶する、声のトーンを柔らかくする、深呼吸をしてみる。こうした小さな行動が、自分自身の心理状態に影響を与える力は科学的にも確認されています。
いつもより丁寧に挨拶してみる、資料を手渡すときに一言「ありがとう」を添える、外に出る前に深呼吸をするというのもいいでしょう。
こうした小さな行動は、日々心を上向きに保つためのハンドルのような存在です。行動が整えば、思考や感情の質も整っていきます。
4.意味・目的を感じる時間を確保する
PERMAモデルでも重要な要素とされる「Meaning(意味)」は、ウェルビーイングを支える中心的な要素です。意味というと、自分の存在価値や生きる意味など大きくとらえがちですが、その必要はありません。むしろ、今日1日の中で意味を感じた瞬間を拾い上げることの方が重要です。
誰かの役に立てた、少しだけ自分を整えられた、感謝を思い出せた。こうした小さな意味の気づきを振り返るだけで、自己肯定感や人生への充実感が高まります。
いつかやろうでは忘れてしまいますので、おすすめは寝る前に、「今日、心が動いた瞬間」を1つだけ思い出す習慣をつけることです。
ウェルビーイングを高める行動は、どれも負荷の大きいものではありません。大切なのは、やろうと思えば30秒でできる行動を、無理なく、しかし確実に繰り返すことです。人の心は、小さな刺激を継続的に受けたときに最も変化しやすいといわれています。感謝、呼吸、言葉、意味の振り返りなど、生活のどこかに取り入れることで、心が整っていきます。
ウェルビーイングとは、単なる健康や幸福感を超えて、人が人生を主体的に味わい、その質を高めていく包括的な概念です。私たち一人ひとりが、自分を内面から満たすこと、つながりを育むこと、そして社会全体の幸福を意識すること。こうしたことを積み重ねた先に、「自分も周りもすごくいい感じ」の未来が待っています。

\ この記事の監修者 /
ニューモラル 仕事と生き方ラボ
ニューモラルは「New(新しい)」と「Moral(道徳)」の掛け合わせから生まれた言葉です。学校で習った道徳から一歩進み、社会の中で生きる私たち大人が、毎日を心穏やかに、自分らしく生きるために欠かせない「人間力」を高めるための“新しい”考え方、道筋を提供しています。
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