ニューモラルブックストアの書店員が、おすすめ本をご紹介します!

副店長:ほしの

編集者:ささき

編集者:ふるかわ

編集者:すずき

営業:しもだ

サイト運営:なかむら

店長:とみた
座右の銘は「柳の下にいつも泥鰌はいない」
共感力がハイパー高い聴き上手。
「今」を先取り超越した言葉選びが故いつでも講談師。
そんな店長の好きな飲み物はカシスウーロン。

『麗澤大学監修 心のカレンダー』
健康診断で「血圧高め」といわれたその日から、めかぶ、とろろ、わかめを食べまくってます。日々何を食べてきたか。その積み重ねが、今の私の体なんですよね。
そんな当たり前の事実を忘れないために、毎日めくっているのが「麗澤大学監修 心のカレンダー」。説明文が、とてもわかりやすく、心に残ります。めくるたびに、新しい一日が始まる。
いくつになってもフレッシュな気持ちでいたい方、新たな習慣を始めたい方におすすめです。

「ゆとりある人は慕われる」
自分の心地よいペースで毎日過ごせたら最高ですが、現実はそう思い通りにはいかないもの。周囲の人や出来事に感情が振り回され、心が疲れてしまった経験、誰にでもありますよね。
どんな時も自分を見失わず、イライラしない。そんなゆとりある人に私はあこがれます。
「ほんとうに忙しい人と話しているのに、その人が私以外に用事がないかのように耳を傾けてくださったり、話をしてくださるとき、心にほのぼのとあたたかいものを感じます」(本書より)。
ゆとりがある人とは時間にゆとりがある人ではなく、忙しくともそれを感じさせない心穏やかな人。
そんな人はどこにいたって慕われますよね。そんな人になりたいと思うのは私だけでしょうか。

コスパタイパ至上主義さん
小さいころから段取りが悪く、母に尻を叩かれながら登校するのが常でした。作文もレポートも、クラスで一番遅いのは決まって私。なのに、社会人になって配属されたのはまさかの編集部。締切に追われる日々が始まりました。
どうやって時間を削り出すか――。昼休みは右手でカップ麺をすすり、左手でキーボードを打つ。移動は速足、階段は一段飛ばし…。
「仕事の効率が上がれば職場に役立てる。職場に役立てれば、必要としてもらえる」。
早く何者かになりたくて、いつも焦っていました。しかし、現実は真逆。コスパタイパ至上主義の私は、いつしか周りを見る心の余裕さえ失い、眉間にしわ、人の話は上の空。空回りしてたんでしょう。見かねた先輩が声をかけてくれました。
「どうやるかの前に、何のためにやるかが大事だよ」。
その一言を20年たった今も大切にしています。

一年で一番短い夜に灯す、心の柚子湯
毎年この時期になると、柚子の香りが恋しくなりますね。
一年で最も夜が長く、昼が短い「冬至」です。昔の人は、この日にかぼちゃを食べて栄養をつけ、柚子湯に入って邪気を払う習慣を大切にしたのだとか。
子供の頃、寒い夜に湯船に浮かべた柚子の爽やかな香りを吸い込むと、不思議と心が落ち着いたのを思い出します。母は折々の歳時を意識し、丁寧に暮らすことを心掛けていた人でした。
この柚子湯の習慣には、「一陽来復」という願いが込められていることを知ったのは、大人になってから。冬が終わりを告げ、再び陽の光(良いこと)が戻ってくるという吉兆です。
夜が最も長いということは、もうこれ以上は闇(困難や焦り)が深まらないということですね。つい忙しさに流されがちですが、この日こそ立ち止まり、温かな湯船の中で自分自身を労い、内なる静けさを感じる「心の余白」を作りたい。そんなふうに感じます。
冬至を境に、自然の力が回復に向かうように、私たちも心をリセットし、再び訪れる光と活力を待つ準備を始めてみませんか。

副店長:ほしの
座右の銘は「Hip Hip Hooray!」
飄々とした出版部のロバートデニーロ!?
はたまた軍師!?
塩対応に見えるけれど実は懐の深い大きな人。

『歴史の「いのち」』
“森の中の出版社”は千葉県柏市の隅にあり、すぐ隣は流山市と松戸市。この辺りは江戸時代、軍馬を育てるために放し飼いにした幕府直轄の広大な牧場が広がっていました。牧の周りには馬が村や田畑に入らぬよう、土手と堀が作られていましたが、明治以降に開墾され、ほとんどがなくなってしまいました。しかし、2km離れた所に
「松ヶ丘の野馬土手」(流山市)という遺構があります。見学すると、土手は5mはあろうかという高さ。確かに馬には超えられそうもなく、そのいななきが聞こえてくるようです。こうして見てみると「歴史は楽しい」。いろいろな物語が想像できます! いきなり話が飛ぶようですが、『歴史の「いのち」』(占部賢志著)はさまざまな物語が紡がれ、想像力を掻き立ててくれます。岐阜県高山市・ダムほとりの荘川桜やポーランド孤児救済の話などなど。史跡の見学をするもよし、名著を読むもよしです。

誰の責任でもない仕事
朝と夜の犬の散歩が日課です。朝、近くの公園を歩いていると、よくよその犬のフンが落ちているのを見かけます。
「ペットは家族みたいなものなのに、ひどいな」と朝から嫌な気持ちになります。とはいえ、見逃してそのままもよくない、どうしようなどど考え、結局は周囲をキョロキョロ見て拾ったりして……。
そのうち、そんなふうに考えること自体がばかばかしく思えてきて、ティッシュペーパーを多めに持ち歩き、「おお、おお、今日もありましたな」くらいの気持ちで拾うように切り替えました。何度かそうしていると、もう何も気にならなくなります。ティッシュは多めに! 公共の場はきれいに!!
誰かを責めているより、ずっと気持ちは軽やかです。

補足事項「老年期」
働いていればよくあることですが、以前、それまでと全く違う部署に異動となり、「さて、何をしたものだろうか」と考えてしまったことがあります。冴えない顔をしていたのでしょう、同僚たちが声をかけてくれて飲みに行くことに。するとその席で、「こんなことを始めませんか?」「あんなこともおもしろい」とたくさんのアイデアを出してくれました。いずれも自分にはない考えで、翌日、私は同僚に「昨日話したこと、やってみようよ」と弾んだ声で言ったのを思い起こします。
老年期は巻末で補足程度に書かれているだけですが、そこには「希望が精神的な支えとなるわけではない。信仰や適切な謙虚さなどによって絶望を『追い出す』ことが賢明」とあります。私は今、周りがいろいろと提案してくると、「いいね〜」「任せた〜」と気軽に言っています。自分で言うとなんですが、わりに謙虚? 自分の考えだけに固執せず、他人が教えてくれた案を共に目標として取り組む――老年期をよりよく生きるうえで大切なことだと思っています。

煩悩は払えずとも……
子供の頃の年末は、餅つきから大掃除、家業の配達の手伝いなど家族総出で大忙しでした。大晦日夕方になるとようやく落ち着き、年が改まる前に地域のお宮にお参りに行くのが定番でした。
除夜の鐘をつくようになったのは高校以降。友人の家がお寺さんだった関係で、「鐘つかない?」と誘われたのがきっかけです。「百八の煩悩を払う」という言葉は耳にしたことはあっても、訳も分からずついていたのが実状でした。とはいえ、頭の左から右へとゴーンと響く鐘の音は、今もしっかり記憶に刻まれています。このイベントは社会人になってからも帰省のたびにやらせてもらい、旧交を温めるよい時間にもなりました。
結婚後は、子供を連れて近くのお寺へ。冷たい空気の中で鐘をついていると、自然と心も改まっていくようです。そして、あの記憶の中の鐘の振動も確かによみがえってきます。子供の成長と共に皆が揃うのは難しくなりましたが、除夜の鐘は家族で過ごせる大切なイベントの一つ。最近は、お坊さんの高齢化や近隣からの苦情でやめるところもあるとか。各々に言い分はあるでしょうが、続いてほしい行事です。

営業:さの
座右の銘は「道徳的想像力の反対語は、道徳的不毛です」
誰に聞いても答えは同じ。「優しい温厚温和があふれている!」
どんなに忙しくても笑顔と情熱は忘れない。
…実はエンタメ強いんです。

『AIに使われる人、AIを使いこなす人』
皆さんは「プロゲーマー」って、ご存じですか?
私が子供の頃は「ゲームなんて非生産的なもの」と思われていましたが、令和の時代では優勝金額が1億円を超える世界大会も珍しくなくなっています。私が好きな「格闘ゲーム」では、12チームで構成される日本プロリーグの試合が、週に2回のペースで開催されており、2024年の開幕戦は過去最高の観戦者数12万人を記録しています。
私が子供の時代からは想像もできない世界が実現していますが、AIやコンピュータの進化によって、今後もその流れは加速することはあっても止まることはありません。
そんな時に参考にしたいのが、『AIに使われる人、AIを使いこなす人』です。AIが人の能力を超えるとき、AIを道具としてきちんと使いこなすことができる人とできない人との差は何なのか。東京大学名誉教授の月尾嘉男先生が人間性の本質に迫る良書です。

ジャポネ―ス・ガランチード
日本人は本当に勤勉できっちりとした国民性だと思います。
私は今から20年ほど前に一時期、ドイツで暮らしていたことがありました。
ドイツ人も欧米では「勤勉」「几帳面」という国民性であるといわれていますが、電車が時間通りに来たという記憶はあまりありません。
定時運行率が60%前半というデータもあり、それも「6分未満の遅れは定時」にカウントしてのデータだそうで、私の記憶違いではなさそうです。
このような国民性のおかげで、海外で日本人が信頼されるというのは、本当にありがたい状況だと思うと同時に、そんな国民性をはぐくんできた、日本の風土、文化、精神性、それを伝えてこられた先人方に感謝の念が湧いてきます。

どうせ最後はひとりさん
「あなたは本当に手のかからない子供だったわ」と、母親からよく言われます。なんでも気が付いたら、一人で布団の上で寝ているような乳幼児だったそうです。三人兄弟の末っ子ということもあり、常に家族と一緒にいる状況で育ちましたから、誰かから働きかけてもらうのが当たり前でした。
つまり、自分から何かをしようと人に働きかけることはほとんどない子供だったのです。今でも、自分から「○○しよう」とか「△△に行こう」と友人や家族を誘うことはほとんどなく、いつも誘われるままに参加する日々。しかし、参加してみるとどんなことでも楽しめる性格なので、家族からは「あと乗りサクサクだね」と言われる始末です。
汚名返上ではありませんが、今度、自分から家族に提案してお出かけスポットに行ってみようと思います。

若水と年とり
元日の朝にその家の主人が初めて汲む水を神様に供え、その水を若水(わかみず)や初水(はつみず)といって、年が明けて初めてのお茶(福茶)を点てるのに使うという風習があるそうです。神様にお供えされることで穢れを払い、生命力に満ちた若水を使ったお茶を飲むことで、一年の無病息災を願う風習なのだそうです。
私は佐賀出身の妻と結婚してから、その妻の実家で「年とり」と呼ばれる風習を、毎年欠かさず行うようになりました。清々しい元旦、家族一同が会し、まず屠蘇をいただきます。その後、するめ、昆布、鰹節に塩を付けたものを皆で順にいただくのです。
調べてみると、鰹節の代わりに干し柿を食べる地域もあるようで、長寿や子孫繁栄を願う風習のようです。一年の無事を願い、家族の絆を再確認する、佐賀の地に根付いた大切な儀式。今では、千葉県で暮らしていますが、この風習のおかげで、わが家のお正月は厳かな雰囲気の中でスタートを切ることができています。

営業:ささき
座右の銘は「人生すべて授かりもの」
ストア内イチのオシャレさん。
時折スーツを着ればSPの姿に変身!?
こんな人になりたいな、の憧れ代表的存在。

『周りを優先し過ぎるお疲れママのためのご自愛レッスン』
私が愛する名作まんが『ジョジョの奇妙な冒険』で、絶体絶命の岸辺露伴が、仲間を差し出せば命を助けるという敵の交換条件を誇り高く断った名言です。クールでスマートな岸辺露伴は、本当にすてき!
現実の私は、こんなに格好つけて物事を断れませんが、自分と相手との間に「境界線」を引いてもいい、むしろ引くべきと教えてくれたのが『周りを優先し過ぎるお疲れママのためのご自愛レッスン』です。以前は、断れない、干渉しすぎる、自他の境目が曖昧で苦しい時期がありました。境界線=土足で踏み込んではいけない私が(相手が)大切にしている領域のこと。お互いの境界線を守れると、人間関係がとても心地いいです。

日ごろは言えない言葉
以前、大きな病気で入院した際、状態が悪く、突然一切外部と連絡を取れない状況に置かれてしまいました。
もしかしたらこのまま……そんなことが頭をよぎったときに考えたのは、家族にもっともっと「大好きだよ」「あなたが大切だよ」「ありがとう」を言葉で伝えておきたかった!ということでした。
“大切な人に対する感謝の気持ちを、心を込め、言葉として伝える”(「日ごろは言えない言葉」より)
家族だし言わなくてわかっているだろうことも、あえて言葉にして伝えることって大切ですね。伝えられなくなる日は必ずきますから。
その後病気は治り、今では子供たちから「ママしつこい!」と言われるくらい、毎日「大好き」を伝えています。

わかってほしいさん
わが家は親子そろってわかってほしいタイプなので、ちょっと厄介です。「言わなくても分かるでしょう」と無言の圧をかける私と、「分かってよ!」とヒステリックに感情をぶつけるわが子。その構図に何度もはまり衝突しました。
今は、感情が爆発したら、お互いを少しの時間放っておくようにしています。本にあるように、高ぶった感情がちゃんと通り過ぎていくのを待つのです。
親も子も完ぺきではない人間。譲れないこと、我慢すること、寄り添う距離、離れる距離。やじろべえのような絶妙な揺れの中でバランスを取りながら、親子っていい関係になっていくのでしょうね。

おせち料理
子供にはちょっと渋いメニューのおせち料理。幼いころ手が伸びたのは、せいぜいかまぼこと黒豆くらいでした。
「お正月は大人がたくさんお酒を飲むから、そのおつまみなんだ……」と思っていた記憶があります。
でも、今なら分かります。おせち料理は、新しい年を幸せに過ごすための縁起物のフルセット、いわば究極のゲン担ぎだと!
黒豆には「元気にまめに働けますように」、数の子には「子孫繁栄」、かまぼこは「日の出のめでたさ」など。
さらに、「幸せが幾重にも重なっていくように」という思いを込めた重箱。それを神様と共にいただくというのですから、その神聖さといったら。
正月三が日に包丁を使うと、これから結ばれる縁が切れてしまうから、という考え方もあるというから驚きです。
どこをとっても縁起のいいおせち料理。今年もおせち料理を通して神様から力を授かったことですし、うまくいく1年になるはずです。


『7つの感情 知るだけでラクになる』
私、占いが好きなんです。
若い頃は、動物占いに夢中でしたし、某人気週刊誌の占い特集はしゅちゅう購入していました。もちろん占いの館的なところにも行きました。路上に停めた車の中で占ってもらうというスタイルの、今考えるとちょっと怖いスタイルの占いも経験済みです。最近でいう
と、ストレングス・ファインダーなんかも好きです。これは占いではないですね。
つまるところ、自己分析が好きなんです。私自身が思っている「自分」と、ある意味統計的に算出された「自分」が違っていると、自分でも知らなかった新たな一面を知れた気分になって楽しいんです。
私のように自己分析が好きな方におすすめなのが、『7つの感情 知るだけでラクになる』です。占い本ではありませんが、自分が感じていた“マイナスな感情”の新たな意味を知ることができて、ワクワクしますよ!

心の荒みをなくす
私、掃除・整理整頓が大の苦手です。
親元に住んでいたときには、生えるはずのない植物を畳から生やし、学生時代には、ルームシェアしていた私の部屋に来た友人たちに「腐海(某宮崎アニメに登場する肺が腐る森)」と揶揄され、現在、家族と住んでいる家も、もちろん散らかり放題です。
この本によると「人は小さなゴミでも放置されているのを目にすると、その場所にゴミを捨てることへの抵抗感が薄れていきます」とか。うちの娘、まさにそうなんです。ゴミは基本、テーブルの上に放置か、床に落としてそのままか。「なんで、ゴミ箱に捨てないの!」と、つい怒ってしまうのですが、テーブルも床もゴミを捨ててもいいと感じるような状態だからなのですよね……。
掃除の大切さを提唱した故・鍵山秀三郎氏は「掃除を通じて、世の中から心の荒みをなくしていきたい」という思うで活動を続けたそうです。
つまり、掃除されていない環境にいると、心が荒むということ。私の心はもう手遅れかもしれませんが、せめて娘の心が荒みきる前に、少しずつでも住環境をキレイに整えていきたいなと思う今日この頃です。

私は合っているさん
「普通は○○するよね」「私、間違ってる?」。
これ、私の口癖です。とっても嫌なやつじゃないですか?(笑)ただ、特に「自分が正しい」と思っているわけではないんです。自分が「一般的」で「普通」だと思っているので、その確認をしたいだけなんです。
でも最近、私の思考は極めて少数派だということを自覚しました。
仕事上、日常生活で起こる出来事に対して、自分なら「どのように感じ、どのように対応するか」という議論をよくするのですが、私は大多数の意見はまったく理解できず、私の主張も「へ~」と珍しがられることがとても多いんです。「自分の普通は普通ではない」んですね。ウン十年生きてきて、やっと自覚することができました。
とりあえず、できるだけ嫌なやつだと思われたくないので、せめて優しい口調で喋るよう心がけています。

ハレの日
成人の日とは「大人になったことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます」日だそうです。
私の成人の日の思い出はというと「アルバイト」です。そう、成人式には出席しませんでした。バイト先の店長には「絶対後悔するから出席しなよー」と言われましたが、あれから間もなく30年が経ちますが、一度も後悔したことはありません。ただ、親はどう思っていたのかな、と思います。
わが家の子供が成人するまでにはまだ少し時間がありますが、私としては二十歳という大きな区切り目を迎えることができたハレの日を盛大にお祝いしたいという気持ちがあるからです。あんなに小さかった娘が綺麗な晴れ着を着て、お酒が飲める年になった姿を見たら……。想像しただけで、泣いてしまいそうです(笑)。
娘には、いかに成人の日が大切なものか、成人式が素晴らしいものかを(知らないですが)時間をかけて伝えていこうと思います。

編集:すずき
座右の銘は「完璧を目指すよりまず終わらせろ」
肝が据わりマイペース。
集中力と芯の強さで、
ベテラン相手の取材でも物おじせず活躍!

心の受信力を高めよう
ミステリーにホラー、ファンタジー……文学のジャンルは様々ですが、私は特にエッセイが好きです。おいしい食事や不思議な出会い。日常をユニークに切り取る、作者の目の付けどころにはいつも驚かされます。
私もエッセイに書かれているような面白い毎日が過ごせたらいいのですが、実際は代わり映えしない日々が続くばかり。もし何かいい事があっても、ささいな出来事では心に残らず、すぐに忘れてしまうんです。
でも、自分の心次第でどんな日だったのか決まるなら、ささやかな幸運や感謝を大切に受け止めて、ちょっと大げさなくらいに喜んでみようと思います。もしかしたら今日はドラマチックな一日になるのかも?

どうせ最後は一人さん
昔からマイペースな性格で、どちらかといえば集団の中にいるよりも一人で行動する方が好きです。小学生の頃は、休み時間になると図書室に飛んで行って、ずっと本を読んでいるような子供でした。後から知った話ですが、担任の先生は読書に夢中で友達と一緒に
遊ぼうとしない私をとても心配していたそうです。周囲の人と相談しつつ様子を見ていたら、ある日、何の前触れもなく外に出て遊び始めたので驚いたのだと聞きました。確かに、自分の中で突然一輪車ブームが訪れて、校庭を走り回った時期があったような……。
あまりにもマイペースだと、身近な人を不安にさせてしまうのですね。一人でのんびり自由に過ごすのもいいけれど、多少は自分の考えを説明するようにしていきたいと思います。

進化する恵方巻
節分の時期になると、スーパーやコンビニに並ぶ恵方巻。しかし、わが家では豆まきはしても恵方巻を食べる習慣はありません。昔は恵方巻なんてなかったよね?と思って調べてみたところ、もともと関西の風習で、全国に広まって定着したのは2000年代以降だそう。
思ったよりも新しい風習なんですね。
定番の具材はアナゴかウナギ、しいたけ、えび、かんぴょう、だし巻き卵、きゅうり、桜でんぶの7種だそうですが、マグロやサーモンを入れた海鮮恵方巻や、ごま油を使ったキンパ風恵方巻、さらには恵方ロールケーキや恵方ロールサンドまで目にするようになりま
した。
恵方巻には「福を巻き込む」という意味があるそうです。太巻きずしという枠すら飛び出して進化を続ける恵方巻。私も来年の節分は、ロールケーキにかぶりついてみようと思います。

営業:しもだ
座右の銘は「人生に無駄な経験など何一つない」
分からないことは、まず彼女まで!
気配り・目配り・情報屋の姉さんにおまかせあれ

「せい」から「おかげ」へ
AB型だからか、私には二面性があるのかなと感じることがあります。前向きに何でも出来そうな時もあれば、「どうせ私なんか」と落ち込む時も。心がマイナスの波にのまれている時ほど、「どうせ」と一緒に「○○のせい」が出てしまいがち。そんなの、苦しくなる一方で良いことないのに、「どうせ」思考の時は自分ではどうにもなりません。
でもこの章を読むと、なるほど確かに、その時は「せい」と感じて追い込み追い込まれた出来事も、振り返ってみるとその時の経験があった「おかげ」で気づけたこと、育てられた心がたくさんあります。
コロナ禍に夫が失業してしまった時などには、本当に先の見えない暗いトンネルを進んでいるようで、つのる不安を何かの「せい」にしてやり過ごす日々でした。でもあの時があったから、普通の日常を有難いと感じられるようになりましたし、家族の絆も深まりま
した。
人生に無駄な経験はない、というのが私のモットーでもあるので、辛い経験も人生の糧となる「おかげ」と考え、自分で自分の機嫌をとりつつ、人生の後半戦を明るく穏やかに歩いていきたいと思います。

これでいいのかな?さん
見た目の印象なのか、大胆で強気な人間だと思われがち。そうでもないと、自分では思っています。一人っ子ゆえに過保護過干渉の親に育てられたので、幼い頃はとても用心深く臆病な子供でした。
まず、石橋どころか平均台すら怖くて渡れない(笑)。「こんな細いところを渡って落ちて頭を打ったら死んでしまう」なんてわけのわからない理屈を常に頭で唱えながら、親の目と人目を気にし過ぎて、やりたいこともやれずに過ごした幼少期でした。
なんか、それってもったいないな、と気づいたと思われるのが10代後半。もう少し自由に生きてみたくなって、「まずは渡ってみよう!」とトライ。気合を入れて渡り始めてはみるものの、それでも元来の臆病風が吹いてきては引き返し...。
慎重になり過ぎて逃したチャンスもあったよなぁと、人生の折り返し地点を過ぎてなお、思います。いつか、石橋を思いっきり駆け抜けてやるぞ~!

節分
子どもの頃、2月は一年の中でも特別にワクワクする月でした。節分にバレンタイン。節分も、まいた後に食べるお豆が何より楽しみでした。「年の数だけ食べるんだよ」と言われて食べていたけれど、いつのころからか、「年の数」は諦めました。
そういえば、今は全国的に知られている「恵方巻」を食べる習慣も、私にはありませんでした。節分のかたちも地域によってずいぶん違うようですね。
「福はうち、鬼もうち」と唱えるところもあるそうです。もともと鬼は福を呼び、邪気を払う存在だったとか。その姿があまりに恐ろしいため、いつしか追い払う対象へと変わっていったとも言われています。なんだか『泣いた赤鬼』のお話を思い出して切なくなってしまいます。
今は子どもたちに豆まきをさせながら、後の掃除のことを考えて「少しでいいよ〜」と言ってしまう私ですが、来年はそんな由来にも思いをはせながら、節分を迎えてみたいなと思っています。

サイト運営:なかむら
座右の銘は「等価交換」
世の中のかわいいを全部ハントして
アイディアへと変換★
いつも笑顔の出版部のデザイナー

『人間力のある人はなぜ陰徳を積むのか』
「マイ・インターン」という映画が大好きです。
がむしゃらに仕事に打ち込む主人公が仕事と家庭の両立に悩みながら、それでも駆け抜けていく姿に毎回涙してしまいます。心が少し疲れてきた…と思う時に見ることが多いですが、見終わった後はサウナで言う「ととのった」気分になります。
主人公のように仕事への姿勢を学びたい方におすすめなのが、「人間力のある人はなぜ陰徳を積むのか」です。一見難しいタイトルにも見えますが、普段のお仕事でお客様と接する機会が多くある方は特に、自分の心を見つめ直すとてもいいきっかけになると思います。

「半分しかない」と「半分もある」
子供がこぼしてしまった時、「やってしまった」という顔を見ながら準備するまでにかかった時間、これから片づける時間と労力と切り替えねば!の気持ちを天秤にかけて「なにやってるの」と声に出すことが多い日々でした。
この話を読んでから、第一声をグッと堪えて「大丈夫、まだ残ってる!セーフ!」と励ましの言葉からかけるように心がけるようにすると「あのね、今のはね…」と子供の方から、今どうしてこぼしてしまったのかを説明してくれるようになりました。
今では、誰かがこぼしても「残ってる!?大丈夫!セーフ!」と自然に言葉が出てくるので、この方法おすすめです。

いつも力が抜けないさん
長年接客業に携わってきたせいか、誰にでも接客モードになっていた時期がありました。
「私、なんでも自分でやります、できます、触らないでください」スタイルですね。
当時、親元にいた頃も口を開けば悪態しか出ない状態だったので、ほとんど話さず、まさに0か100。
その後結婚し、出産してからは状況が一変。目に映るすべてのことを他人に渡さずにやり遂げたい私と、荷物を下ろしなさいと言い続ける夫の攻防戦が始まりました。
この荷物たちを下ろしたら私の負けだ、私は負けたくない、と謎の勝負を常に自分にかけていた私は100を99にするまでに相当な時間を要しましたが、一度下ろすとこんなにも楽なのか、と今では30できればオッケーの気持ちで生活しています。

お雛様×ママゴト
毎年この季節になると、母が押し入れからひな人形を出してきて、リビングの一番いい場所に飾りつけをしていました。 当時の私はお人形遊びが大好きで、リカちゃん人形のご飯セットをお雛様にお供えしたり、菱餅をリカちゃんに分けたりして遊んでいました。
やがて、お雛様をもっと可愛くしたい一心で、キラキラのペンでお化粧をしてしまい、母に叱られたことを今でもよく覚えています。
もともとひな祭りは、農作業が始まる前に行われた神祭りが起源といわれ、 罪や穢れを人形に移して川に流す「ひな流し」がその原型で、やがて立派な人形を家に飾るようになりました。 また、神祭りの日に神事の食事を整える「飯事(ままごと)」が、現在の“ママゴト”の源流ともされています。
昔の人の祈りや暮らしが、今も私たちの中に生きているように思えます。

