2023年12月16日
私たちの日常生活の中には、どうしても「誰かがやらなければならない仕事」や「引き受けなければならない役割」があるものです。そうした「すべきこと」を重荷と感じながら、仕方なく取り組んでいる場合もあるでしょう。
この負担感から解放され、やりがいや喜びを感じながら物事を行うためには、どのような心がけが必要でしょうか。
会社員の順一さん(33歳)は、妻の真希さん(29歳)と息子の一真君(2歳)との一家三人で、東京近郊のマンションで暮らしています。
マンションの自治会では、二か月に一度、隣接する小さな公園や周辺の道路の清掃活動を企画していて、入居者にはその都度、参加の呼びかけがあります。しかし順一さんは、家庭や仕事の都合を口実に、これまで参加せずにいました。
そんなある日のことです。休日に一真君を連れて公園に遊びに行く際、一階の掲示板前を通りかかると、マンションの自治会長を務める加藤さんがポスターを貼っているところに出くわしました。
「加藤さん、お疲れ様です。……掃除の案内ですか。なかなか参加できなくて、すみません」
「いえいえ、強制ではありませんから。今月は再来週の日曜日なんです。都合がついたら、ぜひいらしてください」
「強制ではない」と言われたものの、順一さんには、入居以来お世話になっている加藤さんからの直接の誘いをむげにはできない気持ちと、これまで参加してこなかったことに対する引け目がありました。そこで、あまり気乗りはしませんでしたが、今回は行ってみることにしたのでした。
こうして初めて参加した清掃活動は、やはり順一さんにとって、あまり楽しいものではありませんでした。それというのも、参加者の多くが、いやいやながら仕方なく掃除をしているように感じられたからです。そんな雰囲気の中、いつしか順一さんの作業もおざなりなものになっていました。
終了の時間が来ると、順一さんはほかの参加者への挨拶もそこそこに、すぐに帰宅したのでした。
それでも自治会の一員として、毎回不参加を通すのは、あまり気持ちのよいことではありません。順一さんは翌々月もなんとか時間を空けて参加することにしました。
その日、順一さんは公園周辺の側溝を担当することになりました。一緒の役割に当たったのは、村田さん(35歳)という同世代の男性です。順一さんと村田さんは軽く挨拶を済ませると、公園の東側と西側の二手に分かれて、早速作業に取りかかりました。
いざ始めてみると、側溝の清掃はなかなか大変な作業でした。一つ一つふたを開けて、中に積もった落ち葉やゴミをかき出していくのですが、慣れない作業にだんだん腰が痛くなってきます。
“早く終わりの時間にならないかな”
順一さんは、そんなことばかり考えていました。
ふと視線を上げると、少し離れた場所にいる村田さんの姿が目に入りました。村田さんは、ほかの参加者とも笑顔で挨拶を交わしながら、生き生きと掃除に取り組んでいる様子です。順一さんは思いました。
“やっていることは同じなのに、どうしてあんなに楽しそうにできるんだろう”
休憩時間になると、村田さんがお茶を持って話しかけてきました。
「お疲れ様です。今の季節は落ち葉が多くて、掃除もやりがいがありますね」
順一さんは世間話のついでに、いろいろと聞いてみることにしました。
「村田さんは、この清掃活動には毎回参加されているんですか?」
「まあ、ここ2年くらいですけど、できるだけ参加するようにしています」
「僕は今日で2回目なんですけど、なかなか大変な作業ですよね。正直、今朝は出てくるのもおっくうで……」
すると、村田さんがこんな話をしてくれました。
「僕も初めはそうでしたよ。実際、結構疲れますしね。でも、あるとき、会社でちょっとした出来事があって。
会社の印刷室が散らかっていたとき、なんとなく片付けてみたら、同僚に『おかげで気持ちよくコピーができたよ』って言われたんです。掃除って、僕はずっと汚れたところをきれいにする以上の意味はないと思っていたんですが、次にその場所や物を使う人が気持ちよく使えるようにするためでもあるんだなって、そのときに初めて気がついたんですよ。それからは、この清掃活動にも少し違った気持ちで参加できるようになった気がします。
それともう一つ。うちの上司の口癖が『いやいや仕事をするのは、時間と労力の無駄。自分なりの意味を見つけられるように、視点を変えてみろ』でね」
「おもしろい上司の方ですね。でも、なかなか奥が深い言葉だ」
休憩時間の後、順一さんはその会話の流れで、村田さんと一緒に雑談を交えながら掃除をしました。そして、その日は少しだけ“参加してよかったな”と思えたのでした。
私たちは日常生活の中で、それぞれの立場における「すべきこと」として、さまざまな仕事や役割等を引き受けています。それらを単なる義務感で重荷に感じながら取り組んでいると、日々の務めはつらさや苦しみを生むものにしかなりません。
しかし、その「すべきこと」を、ほんの少し別の視点から見つめてみると、どうでしょうか。
初めはいやいや清掃活動に参加していた順一さんが、地域の住民の一人、そして一人の子供の父親として「自分の家族や近隣の人々の憩いの場を整え、安全を守る」という意味を見いだしたように、取り組みの内容は変わらなくても、それを行う自分自身の動機や目的をとらえ直すことで、やりがいを与えてくれるものになり得るのです。また、そうした取り組みを通して「よき仲間との出会い」といった、新たな喜びが得られることもあるでしょう。
「すべきこと」という思いを越えた、向こう側の世界に踏み出すこと―日々の営みに前向きな意味を見いだし、積極的にみずからの務めを果たそうとする心がけは、自分自身の人間的成長にもつながるものであるのです。(『ニューモラル』575号より)
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