人のためにやったのに、なぜモヤモヤするのか

家にいると、

「これ、ついでにお願いしていい?」と

頼まれることがあります。

そんなとき私は、「いいよ」と、わりと自然に引き受けます。

別に、ものすごく嫌なわけではありません。

誰かがやらなければいけないことだし、

家族のためなら、それくらいお安い御用。

そう思って引き受けたはずなのに……。

しばらくして、「これも私がやるのか……」と、

なぜか少しモヤモヤしている自分に気づくことがあります(笑)

でも、考えてみれば、「いいよ」と言ったのは自分なんですよね。

嫌なら断ることもできた。

それなのに、どうしてモヤモヤするんだろう?

ちょっと不思議です。

自分の気持ちに、偽りはないけれど……

こういう場面は、家の中だけではないのかもしれません。

職場でも「これ、お願いしてもいいですか?」と言われて、

「大丈夫ですよ」と引き受ける。

誰かがやらなければ、仕事は進まない。

困っているなら、力になりたい。

そして多分、

「人のために何かしてあげたい」という気持ちは、

嘘ではないんですよね。

でも‥‥。

本当に、それだけだったんだろうか。

あとからモヤモヤしたとき、

少しだけ自分の心をのぞいてみると、

「せっかく頼ってくれたんだから」

「期待には応えたい」

「断ったら、どう思われるだろう」

そんな気持ちも、混ざっていたように思うことがあります。

人の気持ちは、案外、一色ではないのかもしれません。

あの「モヤモヤ」が教えてくれること

「誰かの役に立ちたい」

「期待に応えたい」

「困っている人がいたら、力になりたい」

どれも大切な気持ちです。

だから、「モヤモヤするなら、断ればいい」というほど、

単純な話でもない気がします。

家族でも、職場でも、

誰かが引き受けなければ、回らないことはあります。

けれども、もし、

人のためにやっているうちに、

自分の気持ちが見えなくなっていたとしたら。

あの「モヤモヤ」は、ただの不満ではなく、

自分の本当の気持ちに気づくための

小さなサインだったのかもしれません。

<今週の問い>

誰かに何かを頼まれて、

「いいですよ」「大丈夫ですよ」と答えたけれど、

少しモヤモヤしたら、こう考えてみてください。

「あのとき私は、どうして引き受けたんだろう?」

自分をアップデートするおすすめブログ

「誰かの役に立ちたい」「期待に応えたい」

どちらも、大切な気持ちですが、それがいつの間にか、

「自分の気持ちは、後回しでいい」に変わっていたとしたら。

「人のため」と「自分を犠牲にすること」の境目について、

もう少し考えてみたい方は、

是非、こちらの記事もあわせて読んでみてください。

自己犠牲とは? 自己犠牲をしてしまう人の特徴や心理を紹介

 https://ecmoralogy.jp/blog/ecblog/50250/ 


いかがでしたか?

今週も、ご自身の心と上手に付き合いながら、穏やかな一週間をお過ごしください。


このメルマガが役立つと感じていただけたら、 ご紹介・ご登録いただけますと嬉しいです。

ニューモラルブックストア・メルマガ


ページトップへ