2023年12月11日
各地域で行われているさまざまな活動には、「一住民」や「一参加者」の立場を超えて、「お世話をする側」に回る人が存在します。みずからその役を買って出る人もいれば、要請を受けて「お世話をする側」に回る場合もあるものですが、実際にお世話をする側に立ってみると、さまざまな気づきもがあります。今回は、町内の子供を対象とした行事の運営スタッフになった女性の体験を通して、「お世話をする側」に立つことで得られるものについて考えます。
11月中旬のある日のこと。初美さん(40歳)は、町内で1月末に開催される「新春こどもまつり」の運営スタッフになってほしいと、育成会の役員を務める堀越さん(46歳)から依頼を受けました。
「お宅は巧君が4年生、美咲ちゃんは2年生ですよね。いつもお子さんを連れて来てくださっていたから、今回はぜひ準備から手伝っていただけないかと思って……。ほかにも何人か、声をかけていますから」
これまでも行事には保護者として顔を出し、当日のちょっとした手伝い程度はしていた初美さんですが、まさか今、ここで自分が運営を担う立場になろうとは、夢にも思っていませんでした。
ためらった初美さんは、翌日に返事をする約束をして、その日の夜、夫の悟さん(43歳)に相談しました。
「そうか、子供たちもお世話になっていることだしね。ご近所とのお付き合いもあるし、やってみたら」
そんな夫の言葉もあって、役目が果たせるのか不安を感じながらも、しぶしぶスタッフを引き受けたのでした。
1週間後のお昼時、運営スタッフによる初めての打ち合わせが行われました。集まったのは、リーダーの堀越さんのほか、初美さんを含めて4人。このメンバーが中心になって、「新春こどもまつり」恒例の餅つきの準備やゲームの企画、町内への案内、参加者の出欠確認、当日のお手伝いの依頼などを行うのだという説明を受けました。
初美さんは、内心“準備だけでも、ずいぶん大変そうね……”と思いましたが、堀越さんの「子供たちのために、みんなで協力して楽しい会にしましょうね」という言葉で、なんとか頑張ってみようと思い直し、家に帰りました。
帰宅後には早速、割り当てられた下準備に取りかかります。まずは町内の掲示板や回覧板での案内用チラシの作成です。昨年のチラシを参考に考えるのですが、慣れないことでひと苦労。片時も「こどもまつり」のことが頭から離れません。
それからの初美さんの日常は、家事中心から「こどもまつり」中心へと、気持ちが大きく変わっていくようでした。
最初の打ち合わせから数日を経て、再び運営スタッフが町内の集会所に集まりました。今回はゲームの内容などについて、具体的な打ち合わせをします。
昨年も「新春こどもまつり」のスタッフを務めた鈴木さん(42歳)は、段取りを理解していることもあって、打ち合わせは堀越さんと鈴木さんを中心に進んでいきます。初美さんは、話についていくだけで精一杯です。
その後も定期的な打ち合わせを重ね、各自が受け持っている準備の進捗を確認し合うのですが、企画の内容が具体的に固まってくると、割り当ての仕事が増えていきます。初美さんは、日に日に気が重くなっていくのを感じ、いつしか“楽しい会にしたい”という気持ちは失われ、ただ“早く役目から解放されたい”と思うようになっていたのでした。
いよいよ「新春こどもまつり」の前日。初美さんは最終の打ち合わせのため、集会所に向かうと、雑巾を手に一人で集会所の掃除をしていた堀越さんに迎えられました。
初美さんは、掃除を手伝いながら、初美さんは堀越さんに、どんな思いで育成会の運営に携わっているのかを率直に尋ねました。
「……そうね。子供たちがこの町を好きになってくれたらいいなって、最近は思うことがあるわ。
最初に役が回ってきたときは“えっ、私が?”とか“面倒だな”って思ったりもしたけど、そのうちに、自分が子供のころのことを思い出したの」
堀越さんが生まれ育った地域では、昔ながらの町内会の行事が盛んで、そうしたときは必ず、子供たちを集めてお世話をしてくれる「近所のおじさん、おばさん」がいたそうです。子供のころの堀越さんも、友だちと一緒に行事に参加するのを楽しみにしていました。そのときの世話役のおばさんが、「あなたたちも大きくなったら、次の子たちのお世話をしてね」と言っていたことを、ふと思い出したというのです。
「私がこの町に住むようになったのは結婚後だけど、そのことを思い出したら、今、そういう役目が回ってきているのかなって……。夏休みに学校の校庭を借りてキャンプをするときとか、ボランティアで手伝ってくれる高校生や大学生がいるでしょう。その子たちも、どこかにそういう気持ちがあるんじゃないかしら」
これまで子供と一緒に参加するだけの立場だった初美さんは、準備に追われる中で、損な役回りを引き受けてしまったように思っていましたが、堀越さんの思いに触れて、愚痴をこぼしていた自分が少し恥ずかしく思えてきました。そして「明日は忙しい一日になるわよ。頑張りましょうね」という堀越さんの言葉に、素直にうなずくことができたのです。
当日は、初美さんたち「新春こどもまつり」の運営スタッフをはじめ、町内会や育成会の役員、手伝いを頼んだ保護者など、大人たちが朝から集会所に集まって準備に取りかかります。イベントの内容は盛りだくさん。子供たちの楽しそうな声を聞きながら、初美さんたちはせわしく動き回りました。
それでも、子供たちの「ありがとうございました!」という元気なお礼の言葉を聞くころには、初美さんは、これまでの苦労がどこかへ吹き飛んでしまったかのように思えてきました。
子供たちと一緒に後片付けをしながら、堀越さんは「こうやってみんなに喜んでもらえると、うれしいわよね」と言います。ほかのスタッフも、それぞれに充実した表情を浮かべています。
初美さんも心地よい疲労感と、なんともいえない充実感を味わいながら、ほんの少し「祭りの後の寂しさ」を感じるのでした。
毎年当たり前のように行われている地域の行事であっても、そこには必ず「お世話をする側」の人が存在し、行事の成功のため、みんなの喜びのために、裏方として奔走しています。
こうした役目が自分に回ってきたとき、敬遠したくなることもありますが、ひとたび「お世話をする側」に立つことで、なんらかの気づきが得られることも少なくありません。それは、努力や苦労の末に物事をやり遂げたときの達成感や充実感であったり、参加者の笑顔に触れたときの喜びであったりします。
参加するだけの立場では、“もっとこうすればよいのに”などという不満を抱くこともあるかもしれません。しかし、みずから「お世話をする側」に踏み込むことで、物事の裏方には常に“どうしたらみんなに喜んでもらえるだろうか”と思いを巡らす人たちがいることに気づき、自然と感謝の念が湧いてくるのではないでしょうか。
視点を変えてみると、地域社会における有志の活動以外でも、私たちは家庭や職場、学校などのあらゆる場面で「お世話をする側」になり得ます。さまざまな人々との「支え合い」によって成り立つ私たちの日常は、「お世話をする側」と「お世話をされる側」とが複雑にからみ合い、時と場合によって、その立場は絶え間なく入れ替わっているといえるからです。
自分がどんな立場にあるときも「お世話をする側」の視点を意識して、感謝の念を抱きつつ、みずからも他に喜びや安心を与えようと努力していくことは大切です。そうすることで、自分自身の新しい目が開かれるだけでなく、その影響は周囲にも及んで、温かく住みよい社会が築かれていくのではないでしょうか。(『ニューモラル』533号より)
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