相手を思いやる「想像力」 ~ 道徳授業で使えるエピソード~

ある朝の食卓

「これ、あなたがつくったの?」

ある朝のこと。会社員の昌史さんがテーブルに朝食を並べていると、後から台所にやってきた妻の佳恵さんが、驚いたように言いました。

「見直したか? 僕だってこれくらいはつくれるよ」

ところが、佳恵さんの表情が急に曇ってきました。それに気づいた昌史さんは、心配そうに言います。

「大丈夫? そんなに手首が痛むのなら、また病院に行ってきたほうがいいよ」

すると、佳恵さんから返ってきたのは思いもよらない言葉でした。

「朝食、つくってくれてありがとう。でも……」


事の始まりは、こんなことでした。

その朝、佳恵さんはいつもより早い時間に昌史さんを起こすと、申し訳なさそうに言いました。

「今朝は手首の痛みがひどくて……。悪いんだけど、朝食はコンビニで何か買ってきてもらえない?」

2人の間には、生後4か月になる息子の孝太くんがいます。孝太くんがぐずるたびに抱っこをしてあやすため、佳恵さんは手首が腱鞘炎になり、つい先日、病院にかかったばかりです。

「分かった。佳恵はゆっくりしててよ」

早速着替えを済ませた昌史さん。そのとき、ふと思いつきました。

“コンビニまで行く時間を考えたら、家にある材料で何かつくったほうが早いかな”

1人暮らしの経験もある昌史さんは、簡単な朝食くらいはお手の物です。

こうしてつくった料理がテーブルに並んだころ、手首をサポーターで固定した佳恵さんがやってきたのです。


「朝食、つくってくれてありがとう。でも、後片付けは……」

佳恵さんがそこまで言ったところで、昌史さんはハッとしました。確かに自分で食器洗いまでしていると、いつもの電車には間に合いません。調理台の上も、使ったまま置いてある包丁やまな板、フライパンなどで雑然としています。

「今晩帰ってから僕が洗うから、そのままにしておいてよ」

「そんなわけにはいかないでしょう。だから『買ってきて』って言ったのに……」

そうつぶやく佳恵さんは、どこかイライラしたような表情になっています。喜んでもらえるだろうと思っていた昌史さんは、冷や水を浴びせられた気分です。

ホチキス留めされた資料

昌史さんは出社後も、どうも気持ちがすっきりしません。

モヤモヤとした思いを抱えながら、午前中の会議で使う資料の準備に追われていると、後輩の小野さんがやってきました。

「何かお手伝いすること、ありますか?」

「助かるよ。とりあえずこの資料のコピーだけ、お願い」

そう言って資料を手渡すと、10人分のコピーをするように頼みました。

15分ほどすると、小野さんが資料の束を抱えて帰ってきました。

「ありがとう。……あれっ、ホチキス留めまでしちゃったの? 『とりあえずコピーだけ』って言ったのに」

「はい、ついでにやっておいたんですけど……。もしかして、綴じないほうがよかったですか?」

「最後の1枚は会議が終わるときに回収するから、これだけ抜いて綴じる予定だったんだ……。はっきり分かるように言わなかった僕も悪かったけど、綴じる前に、ひと声掛けてほしかったな」

「すみません。いつもどおりだと思い込んで……。すぐに外します」

「いいよ。あとは自分でやるから」

昌史さんがそう言うと、小野さんはもう一度謝り、しゅんとして自分の席に戻っていきました。昌史さんは紙を破らないように注意しながら、1つ1つホチキスの針を抜き、綴じ直さなければなりませんでした。

気を利かせた「つもり」?

その日の昼食は、同期の新井さんと一緒でした。昌史さんは、朝からの一連の出来事について、新井さんに話しました。

「――というわけでさ、よかれと思ってやったのに佳恵は不機嫌な顔をするし、小野くんもいいやつなんだけど、もう少し考えて仕事をしてほしいよな」

昌史さんの話がひととおり済むと、新井さんはからかうような口調で言いました。

「まあ、よかったんじゃないか? 小野くんのおかげで、君も少しは奥さんの気持ちが分かるってものだろう」

「どういうことだよ?」

「だって、小野くんは気を利かせたつもりで、結局、手間を増やしたわけだろ? それって、君が奥さんにしたことと同じじゃないのか? 小野くんは善意で手伝いを買って出たうえに、君の手間が省けるだろうと思って、頼んでいないホチキス留めまでしてくれたんだよ」

「……」

そのとき昌史さんは、ふと「朝食、つくってくれてありがとう。でも……」と言った瞬間の、なんとも言いがたい佳恵さんの表情を思い出しました。

「よかれ」という思い込み

「朝食を買ってきて」と頼まれた昌史さんは、佳恵さんへのいたわりの気持ちから快く引き受けたものの、同時に“自分が食事をつくれば、それで事足りるだろう”と考えました。また“手づくりの朝食を見たら、佳恵もびっくりして、喜んでくれるだろう”とも。

しかし、手首を痛めた佳恵さんを気づかって朝食を準備したつもりが、結果的には、後片付けを佳恵さんにさせることになってしまいました。

「相手のために」という善意から起こした行為でも、自分ひとりの思い込みに基づいて押し進めるのでは、よい結果につながらないことが多いものです。その行為の結果が相手や周囲に喜ばれず、かえって迷惑をかけるおそれがあるばかりか、自分までが嫌な気分になって、相手を恨み、人間関係を悪化させてしまうことにもなりかねません。また、自分自身の心の中に“相手によく思われたい”というような、自分本位の考えが含まれていないかどうかも、注意したいところです。

結局、「相手のためによかれと思ってすること」は、相手の立場を心から思い、どうするのが一番よいかという想像力を広く深く働かせたときに、初めて本当の「思いやりに満ちた行為」となり、相手も自分も喜びを感じることができるのではないでしょうか。

「他を思いやる想像力」を広げる

株式会社イエローハットの創業者である鍵山秀三郎さんは、選挙事務所へ応援に行く際、地元のスーパーで差し入れの品を購入するそうです。買い出しの時間は、決まって閉店間際。売れ残っているパンとおにぎりを全部買い込んで、事務所へ届けるのです。

選挙を手伝っている人たちは、差し入れのパンやおにぎりを喜んで食べます。スーパーでも、売れ残るところだった商品が全部売れたのですから、大助かりでしょう。しかも、鍵山さんが買い出しの時間を閉店間際と決めているのは、“ほかのお客さんが自分より後に来店して、買いそびれることのないように”との配慮からだということです(参考=松岡浩著『ゴキブリだんごの秘密』PHP研究所)。

鍵山さんは「差し入れ」という行為1つをとっても、他を思いやる想像力を働かせ、差し入れを渡す相手のことはもちろん、スーパーやそこへ買い物に来るお客さんまで含めて、誰も不利益をこうむらないように配慮しているのです。

私たちは、さまざまな人間模様が入り混じった世界に生きています。1人ひとり、立場や境遇も異なれば、物の見方や考え方にも大きな隔たりがあり、また、その時々で気持ちも状況も変化していくものです。その中で私たちの「善意」を真に生かすには、思いやりの心に基づく想像力と柔軟な判断力、そして「よい行い」を実践に移す行動力が必要なのです。(『ニューモラル』512号より)

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