【なぜ?】認められようとするほど、「孤独」になるのか。

「もっと自分の努力を評価してほしい」

「なぜ、あの人ばかり注目されるんだろう」

そんなふうに、思ったことはありませんか?

前回は、知識を武器にして相手を論破するのではなく、

徳を土台にするという、「真の賢さ」についてお話ししました。

ところで、ついつい自分を大きく見せようと

してしまうことってありますよね。

その行動の背景には、ある「切実な正体」が隠れていることを

ご存じですか?

それが、今日のテーマ「承認欲求」です。

「承認欲求のカタマリ」だった私

今だから白状しますが、、、、

かつての私は、この「承認欲求のカタマリ」でした。

「富田さんはすごい」「さすがですね」

そんな言葉が欲しくて、欲しくて、欲しくて。

会議では、誰よりも目立つ意見を言おう、

スタッフのミスを見つけては、的確な指摘をしよう。

これらの行動は、

正義感や責任感からくる振舞いのように見せて、

すべては、自分の有能さを周囲に知らしめたいがためでした。

でも「認められたい!」と動けば動くほど、

周囲との溝は、深まっていきました。

ある時、「誤植」(印刷ミス)が出たことをきっかけに、

その亀裂が表面化しました。

「あんなに気を付けようと言っていたのに・・・どうしてこんなことに!」

私はスタッフを責めました。

でも、その怒りの正体は、ミスへの憤り以上に

「誤植を出すような編集長だと思われたくない」

という自分勝手な自尊心だったのです。

その自尊心から出た責めるような私の言い方に、

我慢できなくなったのでしょう。

チームの1人から、こう言われました。

「富田さんと話すと、自分が否定されている気分になる」

衝撃でした。

「自尊心」を手放した日

私は「人から承認される仕事」を求めて、正しいことを行っているつもりでした。

しかし、目の前にあるのは、「孤立」という現実。

「認められたい」と、もがけばもがくほど、物事はよくない方向に進んでいく・・・。

そんな状態でした。

でも私は、孤立してみて初めて

「自分がいかに恵まれていたか」に気づかされました。

夜遅くまで黙って校正を支えてくれたスタッフ、

厳しい意見をくださるけれど、愛着を持って雑誌を待ってくれる読者の方々。

私は、自分の有能さを証明することばかりに必死で、

足元にある「おかげさま」の山が、まったく見えてなかったのです。

その事実にハッとしたとき、

不思議と「認められなきゃ」というトゲトゲした力みが、

消えていきました。

そして次の会議の時、

私はスタッフ全員に「責める言葉」ではなく、

心から「いつも支えてくれてありがとう」と伝えることができました。

その時のみんなの、少し驚いたような、

でもパッと明るくなった表情は、今でも忘れられません。

「感謝」がコップを満たし、余裕を生む

自分のコップを自分で満たす。

それは決して、「自分を過信する」ということではありません。

むしろ、今、この場所に自分がいるためには、

どれほど多くの人や出来事に支えられているか・・・。

その「おかげさま」の事実に気づき、感謝することから始まります。

自己肯定感が持てず、軸が揺らいでいるとき、

人は「もっと認められなければ価値がない」という執着に縛られます。

しかし、感謝の視点を持つと、不思議なことに

「今のままでも、自分は十分に価値がある」と思えるようになるのです。

「感謝」という土台があって、はじめて、

承認欲求は「毒」ではなく、自分を高め、

周囲を照らす「エネルギー」へと変わります。

自分が満たされているからこそ、

周囲の人に対しても「心の報酬(承認)」を惜しみなく手渡せる人になれる。

これこそが、私たちが目指すべきアップデートの形ではないでしょうか。


いかがでしたか?

年度末でなにかと忙しく、自分を見失いそうになる時期だからこそ、

一度立ち止まって、自分の「心のコップ」を見つめてみませんか。

「頑張っているのに、なぜか孤独・・・」

もし、そう感じているなら、あなた自身が

「アップデート」を必要としているサインかもしれません。

今週のお勧めブログでは、「認められたい」という苦しい渇きから解放され、

自然と周囲に人が集まってくる人の共通点とは何か?

そのメカニズムを詳しく解説しています。

ぜひ、ご一読ください。


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