たたいて効果がありますか

 日も落ちて真っ暗な校庭から、突然、悲鳴が聞こえました。それも尋常ではありません。すぐに向かおうとしたら、校長や職員に止められました。
 「しばらくすると、収まるから。」と、これは常習らしく、父親が娘を折檻(せっかん)していると言うのでした。それも暗くなった校庭で、誰も関わろうとしない事に驚きました。私は新任教頭でしたが、こうした扱いの経験があったので、私個人として関わりたいことを伝えて、皆が退勤した学校へ父親を招き入れました。
 刑務所に薬物で何度も出入りしていて、最近、やっと出てきたと話し出しました。娘を折檻している理由を問いただすと、「俺みたいになってほしくないんだ。」と、本音を呟きました。そこで聞き返しました。「叩いて、少しでも効果はありましたか。よくなりましたか。」と。すると沈黙してうなだれました。「お父さんも、そうされて来たんだろうから、同じようにするしかないと思ってやっているんだろ。」と、畳み掛けました。「お父さんの気持ちはよく分かるけれど、自分の経験からして、そのやり方では改善しないな。」「···。」
 しばらく雑談をした後に、「私との約束をして欲しい。手を出して。」と机に手を広げさせました。両方の小指がありませんでした。その上に私が手を重ねて、「この手で二度と娘を叩くな。腹が立ったら手を後ろに組んで、娘から離れて叱れ。」と指示をしました。 「やくざを自称するなら、約束は守るよな。」と話して、笑顔で玄関まで見送りました。
 その後、一度も来たことのない授業参観にも顔を出すようになりました。「よく来たね。頑張って。」と、廊下で声をかけると風体に似合わないかわいい笑顔を見せ、保護者会にも出るようになりました。保護者会を和らげる為に最初は、私がサポートに入りました。やがて馴染んで笑い声も聞こえるようになりました。
 しかし、油断は出来ないので、その後数年、意図的に父親へ突然電話をして様子を聞くようにしていましたが、ある時、「教頭先生、俺、もっとまっとうな仕事をするので、恩は忘れません。」と茶菓子に伝言を添えて届け、九州へと転居して行きました。
 それにしても子どもは親を選べない。その親も親を選べなかったのです。私は、負の連鎖を止めることが何よりも大切であると思い、今日も半分ドキドキ、うきうきしながら人と関わっています。

(『がんばる先生奮闘記』より)