A子の菓子パン ~がんばる先生奮闘記~

 「明日はいよいよ都内見学、忘れ物などないようにね。」と、帰りの会を終えて、翌日の準備をしていましたが、何かを忘れている気がしていました。
 当日、順調に行程を経て、昼食となりました。皆が楽しく食べているように見えたので遠目に微笑ましく感じていました。しかし、胸騒ぎがして、昼食の様子を見て回りました。楽しそうにしてはいるが、一人菓子パンを食べているA子が目にとまりました。しまった。A子は、父子家庭でした。この配慮が私にはできませんでした。
 後日、A子に辛い思いをさせたことを謝ろうと話し掛けてみました。すると「先生大丈夫です。ずっと前からこうだから、平気」と、あっけらかんと話してくれました。しかし、その表情は雲って見えました。
 その後、6年生に持ち上がり、 修学旅行を迎えました。妻に頼んで弁当を2つ用意しました。A子にもその事を伝えてあったので、二人の秘密にして当日を迎えました。知らんぷりをして遠目に見ているとA子と視線があった。A子が笑顔を見せました。
 A子は、卒業文集に「将来は、先生になりたい。できたら養護の先生になりたいです。」と、書いていました。先立った母への思いがあったからです。
 15年後の同窓会で再会したA子は、夢を叶えて見事、高校の養護教諭になっていました。それも県下で最悪の学校で闘っていました。 再会から2年後、 予期せぬ一報が入りました。「A子が、白血病らしい」と、なかなか時間がとれずに見舞うのを後回しにしていたところ「先生、A子が死んだよ」と訃報が入りました。同窓会がA子の葬儀になってしまいました。喪主のご主人からA子が先生に渡して欲しいとと封書を手渡してくれました。「先生、私も母と同じようになっちゃた。気弱な主人や子ども達の事をお願いします。」と書かれていました。「任せとけ」と、言いたかったけれど、何故か悔しい思いがあふれてきました。
 あれから10年、幼かった長女は、バイトをしながら苦学して薬科大を卒業し、薬剤師となり頑張っているとご主人から連絡がありました。私は、菓子パンを見るたびにあの時の事を思い出してしまいます。「ごめんなA子、でも、もう安心だな」と心の中で語りかけています。

(『がんばる先生奮闘記』より)