秘密の場所 ~がんばる先生奮闘記~

 Sの担任になったとき、先輩教師から「深く関わらない方がいいわよ。」と、意味不明な助言がありました。その意味はすぐに分かることになりました。「私の免許証、私のお財布…。」と職員が騒ぎ始めたからでした。女子更衣室に誰かが入って盗んだことが騒ぎになりました。「先生、Sちゃんにそれとなく聞いてもらえない?」と、頼まれました。どう聞けばよいのかは教えてはくれません。まだ、担任して半月もたっていないので人間関係が希薄であり、家庭訪問も拒否され続けていたからでした。「S、教えて欲しいことがあるんだ。先生方の免許証がなくなってね。とても困っているんだ。助けてくれないかな。近くの神社とか空き地とかで見かけたら教えて欲しいんだ。」と、話しました。
 しばらくして「先生、あったよ。」と、持ってきてしまったのでした。「ありがとう、助かったよ。」と、本心を押さえて、演技をしました。
 そして、再発防止のためにしばらく時間をおいて、「S、夜の食事はどうしてるの?」と問うと「食べてるよ。」と。しかし、そうとは思えませんでした。「先生も、帰るときにSさんの家の近くのラーメン屋さんへ行くんだ。あのラーメン美味しいよね。」と促しましたが、「そうなんだ。」とだけしか答えませんでした。
 「S、お金が欲しいとかお腹が空いたとかで、我慢ができないときは二人の秘密の場所にお金を置いておくから、そこからもっていきな。返すのは大人になってからでいいんだよ」と、すべては知っていることを暗に伝えました。しかし、またしても車上ねらいで捕まりました。信じて、落胆してを繰り返すうちに、回数は少しずつ減り、2年が過ぎて卒業式を迎えました。その間、Sは私のお金には一切手をつけていませんでした。
 中学校でも両親との関わりも続け、中学卒業後の進路の話になりました。私は知人の寿司屋を紹介しました。それは特殊技能を持っていたからでした。人の動きや目の動き、自分の位置、品物の良し悪しなどの目利きは並々ならぬものが身に付いていたからです。
 先日もそのお寿司屋に寄りました。「いらっしゃい 」と 威勢のよい声が暖簾の向こうから聞こえてきました。大将が「S 、先生が来てくれたよ」と、暖簾から笑顔を見せたSはいつも以上に輝いて見えました。あれから今年で30年に…。