ぼく、今度はがまんするよ ~がんばる先生奮闘記~

 今から十年位前、小学校で一年生のT君という男の子を担任していました。T君は時々ずっと教室から出て、ベランダで座って気持ちを落ち着け、また教室に入ってくるような子どもでした。時には、空き時間の先生と手をつないで校庭を散歩してから戻ってくることもありました。
 その学校では、高学年の子どもや教員が楽しい活動を計画し、そのほかの子どもたちが、してみたい活動を選んで、縦割りのグループで活動する全校での活動を、年間何回か行っていました。そしてこの活動を「子どものお店」「先生のお店」と呼んでいました。その中で、先生のお店「ディスカバー松江」は、遠足のように校外に出かけることもあり、子どもたちに大変人気のあるお店です。そのお店の一覧表が配られてから、T君の日記には、毎日、「加賀の潜戸(かかのくけど)のお店がいいなあ。楽しみだなあ。」と書かれていました。
 いよいよ、どのお店に入るか決める日がやってきました。T君の日記には、その日も「加賀の潜戸に行く。」と書いてありました。どのお店も学級ごとに定員が決まっています。T君の入りたかったお店は定員より希望者が多く、じゃんけんで決めることになりました。私は心の中で「T君が勝ちますように。」と祈りながら見守りました。でも、残念ながら負けてしまったのです。
 T君は泣き出してしまい、なかなか泣き止みません。じゃんけんで勝った子どもの中には、その日の朝まで他のお店を希望していたのに、ぱっと「加賀の潜戸」に変えたY君も入っていました。私はT君のずっと楽しみにしていた気持ちを子どもたちに話し「替わってあげてくれないかなあ。」とY君に頼みました。Y君はすぐに快く「いいよ。」と答えてくれました。「T君とY君、替わっていいかなあ。」とほかの子どもたちに聞くと、みんなも「いいよ。」と答えました。笑顔いっぱいで嬉しそうなT君。私は「T君よかったねえ。でも、いつまでも替わってもらってばかりいちゃいけないからね。Y君ありがとう。優しいね。みんなもありがとう。」と声を掛けました。
 以前の私なら、「ルールに従うこと」を最も大切なこととして捉え、泣いているT君に「仕方ないでしょ。じゃんけんに負けたんだから。がまんしなきゃ。ほかにも負けた人がいるけど、がまんしてるでしょ。」と声をかけていたと思います。幼稚園教育要領には「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」の中の「(4)道徳性・規範意識の芽生え」に「きまりを守る必要性が分かり、自分の気持ちを調整し、友だちと折り合いを付けながら、きまりをつくったり、守ったりするようになる。」とあります。幼稚園の先生との交流を通して、私自身の低学年の子どもの見方に幅が出てきていた頃のエピソードです。
 先のエピソードでは、その後、だれもが気持ちよく楽しく活動に参加でき、さらに、Y君などほかの子どもたちの優しさを認める場にもなったと思います。その次の全校でのお店の活動の時、またまたじゃんけんに負けたT君。でも、「この前替わってもらえたから、今度はがまんする。」と自分から言うことができました。「T君、えらいねえ。自分から、がまんできたね。」
 もちろん、絶対に守らなくてはいけないルールもありますが、子どもの思いを受けとめ、子どもたちの気持ちを大切にしながらルールに柔軟に対応していくことで、子ども自身が自ら成長しよう、伸びようとするんだなあと、私自身も、とても嬉しくなったできごとでした。

(『がんばる先生奮闘記』より)