母親の愛~学校のちょっといい話~

十二年前、私が勤務していたA市の小学校に母親から電話があったのは、彼が一年生の夏休みでした。
「私の息子のことでお願いがあります。今、私たち親子は区内に住んでいますが、肢体不自由学級がある校長先生の学校に転校したいのです。学区の小学校に入学後、息子がよく転ぶので病院で検査したら『進行性筋ジストロフィーのデュシャンヌ型』という診断でした・・・。大変ショックでした。子供に申し訳なくて・・・。」(涙声)
「お母さんも辛かったでしょうね。お子さんは病名をご存知なのですか?」
「迷いました。でも、私の責任で話してきかせました。このことが原因でショックを受けた主人が、『うちの血筋にはそんな遺伝子はない』と言い、家に帰らない日が多くなりました。今は私一人でこの子を育てようと思います。これから、どんどん症状が進むと思いますが、今はまだゆっくりなら歩けます。みんなと同じように頑張りたいと本人は思っています。ですから、本当に危ない状況になったら肢体不自由学級に移りますが、それまで、できる限り通常の学級で過ごさせてやりたいのです。人がぶつかって来たり、階段を上ったりする時は、確かに危険です。自分で支えきれないこともあると思います。でも、責任は私がもちます。決して学校を責めたりしません。」
お母さんの必死の覚悟と愛情が伝わりました。しかし、当時、私の勤務校は課題の多い学校でしたので、親子一緒に来て学校を見てもらった上で、判断してもらうことにしました。T君は口数が多くありませんが、きらきらとした眼でハキハキと答え、礼儀正しく他の手本になりそうです。
私が正直に実情を伝えても、お母さんは動じません。母親の愛に深く感動し、たとえ困難でも願いをかなえたいと思いました。
「困難があるおかげでうちの先生方は団結しています。安心してください。前を向いて行きましょう。」 

(『学校のちょっといい話』より)