よい行い・よい心づかい ~ 道徳授業で使えるエピソード~

よい行いをしてもよい気持ちになるとはかぎりません。それはなぜでしょうか?

■『心のノート』

吉田秀一くんは、この4月、都内の私立中学校に入学しました。家から学校まで、電車で約1時間かかります。朝の駅は、ラッシュ時のため、サラリーマンや学生などでいっぱいです。電車通学が、こんなに大変だとは思いませんでした。

入学式の日、校長先生から次のような話を聞きました。
「君たちは中学生になったのですから、人に対する思いやりの心を持って、積極的な行動を身につけなければなりません。どうしたらクラス全体がよくなるのか、学校がよくなるのか、そして社会がよくなるのかということを心がけてほしいと思います。
たとえば、乗り物の中では、お年寄りに席を譲りましょう。よい行いをするのには、勇気が必要です。ぜひ勇気を持って実行してください。
そこで、君たちにお願いがあります。今日からノートを1冊作ってください。表紙には『心のノート』と書きます。このノートに、君たちのよい行いを毎日記録してほしいのです。1日に1つだけでもいい、どんなに小さなことでもかまいません。
勇気を出して、よい行いを積み重ねていけば、君たちの人生はすばらしいものとなります。そして君たち1人ひとりの行いが、世の中をよりよくしていくようになるでしょう」

■“ついてない”

ある日、できることなら座席に腰かけたいと思った秀一くんは、いつもより早く家を出ました。電車に乗ると、タイミングよく座ることができました。そのとき、1人のおばあさんが立っていることに気がつきました。
せっかく早起きして座ることができたのです。席を譲ったら損をするような気がしました。でも、校長先生の「お年寄りには席を譲りましょう」という言葉が頭にちらついてきます。
“ついてないなあ、しようがないや”
秀一くんは黙って立ち上がりました。
「すみませんね」
おばあさんは、腰を下ろしました。両隣の人は、そんなことには気づかないかのように目を閉じたままです。
“みんな、ずるいな。ぼくだけ損しちゃったよ。よいことをしたのに、気分は少しもよくない”
秀一くんの心はすっきりしませんでした。

■『心のノート』は誰のため?

1時限目は「ロング・ホームルーム」です。担任の先生が教室に入ってきました。
「この時間は、『心のノート』について、みんなで考えたいと思います。まず、今日まで君たちが記録してきたこと、感じたことを聞かせてください。
君たちのノートを時々見せてもらっていますが、先生にとってもいい勉強になります。君たちも、友だちのやっていることや感想を聞けば、きっと参考になると思います。では、吉田君!」
突然に名前を呼ばれて驚いた秀一くんは、みんなの視線を感じながら立ちました。
「えーと、ぼくは毎日、家の手伝いをしています。最初は頑張って『心のノート』にたくさん書きました。でも、今は玄関の掃除と夕食の後片づけを手伝うことの2つだけです。だから、毎日同じことだけ書いています。正直に言うとつまらないです」
続いて武田くんです。
「最初のころは、家の手伝いをすると母さんは『偉いね』ってほめてくれたけれど、最近は『手伝いなさい。ノートに書くんでしょ?』って強制します。本当はあまりやりたくないけれど、ノートに書かなきゃならないからやっています」
「なかなか素直な感想でよかったと思います。このノートは、校長先生もほかの先生方も書いています。そして、今日のような勉強会もしているんだよ。正直言って、先生も最初のころは面倒くさかった。でもね、最近になって気づいたことがあります。
例えば、先生は毎日ゴミ拾いをしていますが、“ゴミを拾う”という同じ行いでも、そのときの自分の心は、毎回毎回違うんだよ。面倒くさいけれど“拾わなくっちゃ”と義務的に思ったり、“こんなところに捨てたのは誰だ”と腹を立てながら拾ったり、“拾わせてもらおう”と謙虚に思うこともある。
それで気づいたんだ。たとえ形はよい行いでも、そのときの自分の心が不平・不満だったら、本当のよい行いとは言えないんじゃないかってね。
家の手伝いにも、同じことが言えるんじゃないかな。“やらなければいけない”という気持ちだけで手伝いをしていると、せっかくよいことをしていても、やっているほうは楽しくない。家の人もうれしく感じていないかもしれないね」
秀一くんは、今朝の出来事を思い出していました。せっかくおばあさんに席を譲ったのに、気持ちよくなかった原因が分かったような気がしました。席に座ることのできたおばあさんだって、あまり喜んでいなかったかもしれません。
先生は最後に言いました。
「これからは、よいことをしたときの気持ちも書いてみてください。毎日書いていると、自分の心の動きが少しずつ見えてくるようになると思います」

■踏み出した一歩

学校からの帰り道、秀一くんはいつものように電車に乗り、空いている席に腰かけました。しばらくすると、両手に大きな紙袋を持ったおばさんが乗ってきました。おばさんは空いた席を探して車内を見回しています。
“重たくて、大変そうだな”
そう思って見ていたとき、秀一くんはおばさんと目が合いました。一瞬ためらいましたが、勇気を出して席を立つと1歩踏み出しました。
「あら、譲ってくださるの?ご親切にありがとう」
秀一くんは譲った席の前に立っているのも恥ずかしいので、ドアのほうに移動しました。
いくつか駅を過ぎたころ、おばさんは下車するために秀一くんのところにやって来ました。
「ありがとうございました。おかげで助かったわ」
そう言って頭を下げると電車を降りていきました。おばさんはホームから秀一くんのほうを見てほほ笑んでいます。ドアが閉まり電車が動き出すと、おばさんの口が大きく「ありがとう」と動いて、もう1度ていねいに頭を下げました。
秀一くんもちょこんとお辞儀を返しました。秀一くんはうれしくなり、家に帰るとさっそく『心のノート』に書き込みました。
〈電車で、おばさんに席を譲った。喜んで立つことができた。おばさんも喜んでくれた。やさしいおばさんだった〉
ノートを閉じた秀一くんは、ふと校長先生の顔が思い浮かびました。今朝は、校長先生と目を合わすことができませんでしたが、明日の朝は堂々と挨拶できる気がして、とても楽しみになるのでした。

(『ニューモラル』392号)

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