自分勝手な思いやり ~ 道徳授業で使えるエピソード~

何か困っている人を見たとき、多くの人が“手助けしたい”という心をはたらかせます。しかし一方で、その気持ちを行動に表しても、相手の気持ちに添うことができず、こちらの思いを受けとめてもらえないということもあります。そうならないためには、どのような心づかいが必要なのでしょうか。

曇ったおばあちゃんの表情

池田隆夫君(17歳)は、高校の野球部でキャプテンとして活躍しています。優しく面倒見のよい隆夫君は、部員からも慕われています。

あるとき、隆夫君は母親から、こんなことを頼まれました。

「山田のおばあちゃんが1か月ぐらい前に腕をけがしたでしょ。おばあちゃん、1人暮らしだし、今は入院しているから、おばあちゃんの家の草むしりをしてきてくれないかしら」

すぐに引き受けた隆夫君は、おばあちゃんの家へ行きました。庭を見ると雑草が伸びきっています。2時間ほどで草むしりを終え、隆夫君はおばあちゃんが入院している病院へ向かいました。


あいさつを済ませた後、草むしりをしてきたことを話すと、おばあちゃんはにっこりと笑いました。隆夫君にとって、その笑顔が何よりも心地よく感じます。

「ところで、おばあちゃん、腕は痛まない? 困ったことはない?」

「心配をかけてすまないねえ。まだちょっと痛むけど、大丈夫。ありがとうね。でもね、隆夫ちゃんだから言うんだけど……」

入院してからというもの、近所の人たちがお見舞いに来ました。中には大きな花束や食べきれないほどの果物を持ってお見舞いに来た人がいたそうです。

「気持ちはうれしいんだけど、おばあちゃん、腕をけがしているでしょ。大きなお花をもらっても、看護師さんが病室に生けるのも大変。果物の皮を自分でむくこともできないし。

もちろん、こんなことを言ったら、お見舞いの方に申し訳ないとは思うんだけど……」

隆夫君は、元気づけたい一心で、こう言いました。

「元気出してよ、おばあちゃん。大変だと思うけれど、がんばってリハビリして、早くリンゴの皮を自分でむけるようになってね。」

「私もリハビリがんばっているわよ。でも、この年だからつらいわ。周りの人から励まされるけれど、このごろはちょっと負担に感じるの……。」

おばあちゃんは、表情をわずかに曇らせながら、照れたように笑みを浮かべました。

励まされて沈む気持ち

それから2か月ほどが経ち、隆夫君はちょっとした気の緩みから自転車で転び、足を骨折して松葉杖の生活を送ることになりました。

しばらくしてリハビリ期間に入ったある日のこと、野球部の後輩たちがお見舞いにやって来ました。

「池田先輩、来月練習試合があるんですけど……。やっぱりキャプテンがいないとみんなに元気がありません。早くけがを治して復帰してください!」

「おう!」と後輩の期待に添うように、隆夫君は元気にこたえました。

後輩が帰った後、“よし、がんばるぞ”と思ったものの、次の練習試合までに完全復帰するには時間が足らないことも分かっていました。隆夫君の心中には、複雑なものが残りました。

励ましが負担になるとき

その日の夕食のとき、隆夫君は母親に愚痴をこぼしました。

「後輩から野球部の様子を聞くと、気持ちが落ち着かないんだ。ぼくだって、なんとか早くチームに戻りたい。でも、リハビリをがんばっても、次の試合には間に合いそうもないし……」

「そうね、そのあせる気持ち、分かるわ。後輩の人たちは、隆夫のことを心配しているし、野球部のキャプテンとしてきっと期待しているのね。だから、早く元気になってもらいたいのよね。でも、試合には出られそうもないし……。つらいわね」

母親の言葉を聞き、自分の感情を理解してもらえたことで、隆夫君のあせりの気持ちは落ち着いていきました。

「そうそう、このあいだ退院した山田のおばあちゃんも、お見舞いに来てくださった人がいろいろと持ってきてくれるんだけど、かえって負担になることがあるって言ってたでしょう。相手のことを心から思いやるって、本当に難しいわねぇ」

その言葉が、隆夫君の心に引っかかりました。

“元気づけようと思って、「がんばって」と言ったとき、表情を曇らせたことがあったけれど、おばあちゃんにとっては、ぼくのひと言が負担になっていたんだろうなあ。

あのとき、おばあちゃんを励ますことが思いやりだと思っていたけれど、ぼくは自分の気持ちを一方的に伝えていただけだったんだ。”

相手を励ますつもりでかけた言葉でも、励まされる側に立つと、置かれた状況によっては、その思いやりが負担になってしまうことがあります。

難しいことかもしれませんが、相手の置かれている立場や状況に応じた思いやりの心を発揮することによって、相手の心に安心と満足が生まれるのではないでしょうか。

本当の思いやりの気持ち

「相手の気持ちになって考える」「相手の立場に立つ」という言葉を耳にします。しかし、現実は、なかなかそうした気持ちになることは難しいものです。人の役に立ちたいという思いを行動に移すとき、お世話する人に対して絶えず心を向けることが大切です。その人の置かれた状況に心を配り、どうしたら喜び、満足、安心を与えることができるのかを考えることが、本当の思いやりの気持ちなのではないでしょうか。

お互いが相手の気持ちを察しながら、心を通わせることができれば、それはすばらしいことです。その心づかいが生まれたとき、優しい温かな人間関係は広がっていくことでしょう。

(『ニューモラル』440号)

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