心が傷つくとき

ささいなことで傷つくもろい面を持っている心──。一方、何ものにも左右されない自由や強さを持っている心──。
心が傷ついたときに大切なことは何?

■サンドイッチで離婚?

私たちは、人から無視されたり、批判を受けたりすると、感情のほうが先にはたらいて、どこに本当の問題点があるのかを見失ってしまう傾向があります。その結果、問題の解決どころか、その糸口さえも見いだせなくなってしまいます。
次のような話があります。

――離婚寸前の中年男性がいました。何があったのか、よく聞いてみると、仕事から帰り、サンドイッチが冷蔵庫にあったので食べようとしたら、妻から「それは息子のだから食べないで」と言われたのです。
そこで、自分は何を食べたらいいのかと聞くと、「あなたは自分で何か作って食べてほしい」と言われました。男性は傷つきました。
そのとき男性は、〝この妻は子供のために居るのであって、自分のために居るのではない〟と、強く思ったのです。すると、同じようなできごとがいろいろと目についてきて、それが毎日積み重なっていきました。
その結果、ついに離婚寸前にまでなってしまったのです。
しかし、よく考えてみると、問題は冷蔵庫のサンドイッチが自分のものではなかったというだけのことだったのです。
(『れいろう』平成14年7月号「この人に聞く=プロア・フリースクール代表・小南奈美子さん」より)

このように、私たちは日常の中にあって、事実と概念を混乱してとらえていることが多いものです。
この場合、事実というのは「子供のために用意したサンドイッチがあった」「妻から自分で作って食べてほしいと言われた」ことです。事実そのものには、良いも悪いもありません。
ところが私たちは、事実に自分なりの意味づけをします。つまり、「妻は子供のために居るのであって、自分のために居るのではない」というのがそれです。これを概念といいます。「意味づけ」、あるいは「思い込み」といってもよいでしょう。
その結果、このときの「思い込み」にとらわれた夫は、その後に起こる日常のいろいろなできごとが、「妻は自分のために居るのではない」という思いと結びつき、それが積み重なって、結局、離婚を真剣に考えるまでになっていったのでした。
このように考えると、事実に対してどのような意味づけをするかによって、自分で自分を苦しめることにもなるといえるでしょう。

■心の自由とは何か

では、どのように意味づけをしていくことが望ましいのでしょうか。そのためのキーワードは「希望」「信頼」「喜び」「感謝」といえるでしょう。
心が傷つくと、ものごとを悪いように、否定するようにとらえがちになりますが、そうではなく、「希望」「信頼」「喜び」「感謝」につながるように受けとめていくことが大切なことです。
そして、そのためには「思い込み」にとらわれている自分を脱して、いろいろな角度から自分の心を眺めることのできる「心の自由さ」が必要になってきます。
結局、自分の置かれた状況にどのような意味づけをするかを決めるのは、ほかでもない自分自身だといえるでしょう。

いかに過酷な状況に置かれても、心の自由を失うことなく、「希望」に生きた人の体験は、心のあり方を考えるうえで大きな示唆を与えてくれます。
第2次世界大戦中にナチスドイツに捕らえられて収容所に送られ、ガス室で殺される恐怖の中で九死に一生を得て帰還した人の中に、精神科医のヴィクトール・フランクルがいます。
フランクルは、この収容所での体験をもとに、極限状態に置かれた人間のようすを書き記しました。その中で、生き続けることができた大きな要因は、決して体の頑強さではなく、「希望」があるか、ないかであったと述べています。「再び妻子に会える」「母に会える」「やりかけた仕事を完成しよう」という希望を持ち続けたかどうかでした。
フランクルは、この経験から、人間を生かすものは「意味」であることに気づき、独自の心理療法をあみ出したのです。
彼は次のように述べています。
「人間の自由とは、諸条件からの自由ではなくて、それら諸条件に対して自分のあり方を決める自由である」
そして、これが他の動物と異なる人間の「心の自由」であると言っています。
人は、苦しみの中であっても、相手にほほ笑む“自由”を持っています。同時にどれほど恵まれた条件の中でも、人を恨んだり、不平や不満を叫ぶ“自由”も持っているのです。
まさに、自分の置かれた状況をどのように意味づけするかが、問題解決の大きな糸口になるのではないでしょうか。

■人を信じる心

私たちは、さまざまな人とかかわりながら生きています。
自分と考え方や意見の合う人とは、お互いに理解し合い、尊重し合おうと努めますが、そうでない人には理解しようと努力する前に、自分のほうから心を閉ざしてしまうことが多いものです。場合によっては関係を断ち切ってしまうこともあるでしょう。
お互いに理解し合うまでには、長い時間とねばり強さが必要です。ときにはお互いの理解のために痛みをともなうこともあるでしょう。
しかし、私たちの心の一番深い部分にあるのは、仲たがいをしたり、関係を断絶したりすることではなく、お互いに信頼し合い、希望を持って共に喜びたいという願望ではないでしょうか。だれもが、心の根底にはそうした願望を持った存在であることを信じていくことが大切だといえるでしょう。
自分を取り巻く人間関係や状況を恨んだり、避けたりしても、本当の問題解決にはなりません。よりよい人生を開くために、希望を持って、まず自分から他の人々に心を開いてみることが大切でしょう。

(『ニューモラル』407号)

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