「寄り添う」という思いやり

私たちは時として、思いがけない事故や病気、そして大切な人との別れなど、受け入れがたい大きな悲しみや苦しみに直面することがあります。そうしたときに何よりの支えとなるのは、「共に悲しめば悲しみは半分になる」といわれるように、その気持ちを受けとめ、分かち合ってくれる人の存在ではないでしょうか。今回は、共感的な人間関係の大切さについて考えます。

■そばにいるだけでも立派なコミュニケーション

悲しみや苦しみを抱えている人を前にしたとき、私たちは“何か自分にできることをしたい”“なんとか慰め、励ましたい”という気持ちを持つものです。ところが、相手の気持ちや状況に十分な配慮をせずに、性急に不用意な言葉をかけたり、自分の考えを押し付けたりするのでは、反発を招くばかりか、相手の心の傷をさらに深くすることにもなりかねません。こうしたときに何よりも大切なことは、相手に寄り添い、相手の思いを受けとめて、これを尊重し、共感するという心の姿勢ではないでしょうか。

上智大学名誉教授のアルフォンス・デーケン氏は、悲嘆の渦中にいる人に対しては「相手が心を開いて自由に話せるように、聴き役に徹すること」が肝心であるとして、著書の中で次のように述べています。
――「悲嘆にくれる人は、何度も同じ話を繰り返す傾向にありますが、相手が同じことを何回言っても、絶対に『もう聞きました』と言ってはなりません。話すこと自体が一つの癒しのプロセスになるのですから、心ゆくまで話させてあげることが大事です。(中略)ただし、相手がまだ話す気になれないようなら、話したくないことは話さないでいいという雰囲気をつくって、その人が心を開いて話せるようになるまでそっとしておきましょう。一言も語らず、ただじっとそばに座っていることも、立派なコミュニケーションになります」
(アルフォンス・デーケン著『心を癒す言葉の花束』集英社新書より)

■多くの人に支えられている

「共感の心を持って寄り添う」ということは、相手の悲しみや苦しみをやわらげるだけでなく、生きる希望や勇気をもたらす効果もあるようです。現在、「精神対話士」として、心の痛みに苦しむ人たちに寄り添い、対話する中で心のケアを行っている杉山晴美(すぎやま・はるみ)さんも、かつて身をもってそうしたことを実感された一人です。

杉山さんは、二〇〇一年九月に発生した米国同時多発テロ事件によって、ご主人を失いました。異国の地で三歳と一歳の子供を抱え、さらには三人目の子供をお腹に宿して、懸命に行方不明のご主人を探す日々。その中で、もともと親しかった友人・知人だけでなく、見ず知らずのボランティアも含めた多くの人たちに支えられてきたという実感が“いつかこのご恩をお返ししたい”との思いにつながり、後に「精神対話士」という仕事に就くきっかけになったといいます。杉山さんは、次のように語っています。
「『辛かったら、すぐに連絡してね、大丈夫、私たちがついているから』。そう言いながら、私の肩を抱き、寄り添ってくれた見知らぬボランティアの女性。その手の温かさを、私は生涯忘れることはないでしょう。(中略)多くの方々の支えをいただいた私が、今度は皆さんへお返しをする番です。偉そうなことは言えません。微々たる力にしかなれないかもしれません。そんな私ですが、『今、困難の中にあったとしても、人はいつかきっと幸せをつかみ、再び笑うことができるはず!』そう、心から信じることができます。だから私は、これからも、今支えを求めている方々に寄り添い、明日を信じて、希望を見出すお手伝いを続けさせていただこうと思っています」(『れいろう』平成二十四年八月号)

■共に生きる

私たちの人生は、常に、どこかで誰かに支えられています。この人生を喜びの多いものにしていくためには、そうした人たちと互いに心のつながりを深め、みずから進んで思いやりの心をはたらかせていくこと――「相手の人格を尊重し、受け入れていく心」や、「相手の喜びや悲しみに共感する心」が欠かせません。日常の人間関係の中でも、自分自身の心を開き、相手の心に寄り添い、これを無条件に受け入れてこそ、はじめて相手の言葉の裏にある「本当の思い」に触れることができるのではないでしょうか。また、苦悩を背負った人に寄り添う心で共に歩もうとするとき、自分自身(ケアをする側)も多くのことを学びます。人生には喜びがあるだけでなく、悲しみや苦悩も避けられないことを悟ったなら、その重みに耐えて生きる心が養われていくことでしょう。自分が特別に困っているときでなくても、「多くの人たちから支えられている」という事実を自覚することの大切さは、言うまでもありません。支えてくれている人たちへの感謝の思いから、“この人たちに恩返しをしたい”“自分も誰かを支えることができるようになりたい”という気持ちが生まれたとき、人と人との絆はいっそう深まることでしょう。そして、時に重くふさぎがちになる気持ちも、少しずつ前向きな心へと変わっていくのではないでしょうか。

(『ニューモラル』518号より)