できる社員の家庭が壊れる ~朝礼で使えるエピソード~

梅雨空が重く感じる7月のとある金曜日、ホームページ製作を手がけるA社のオフィスからは、深夜になってもまだ蛍光灯の明かりが漏れています。

「あれ、小林くん。がんばるねえ。まだやるの?」

時計が23時を過ぎたころ、社長室を出て家路につこうとした同社の岡本社長が、覗いたオフィスに人影を見止めて、声をかけました。

小林「あっ、社長。どうも、おつかれさまでした……」

岡本「おつかれさん。小林くん、ここんとこずっと遅いじゃない。今はそんなに受注が立て込んでいたかな」

小林「いえ、まあ……。いろいろやることがありまして」

岡本「そうか。がんばりはいいけど、君んとこは2人目のお子さんが生まれたばかりだったよな。金曜の夜くらい、家に早く帰ってあげたら、奥さん喜ぶだろうに」

そう岡本社長が微笑みかけると、小林くんはニコリともしないまま、さっと視線を外しました。

岡本「……。家のほう、大丈夫なのか」

小林「……。実は、もう家には帰ってないんです。先週、妻から離婚届をつきつけられました。子供が寝ないから、早く帰ってきてって何度も言ったのに、仕事ばかりで全然家のことを考えてくれないって。それを聞いて今まで仕事をがんばってきたのが、すごく虚しく感じちゃって」

岡本「そうだったのか……」

小林「社長……。私、どうしたらいいでしょうか」

Step1 成功と幸福の違いを考えよう

家庭生活と仕事生活は表裏一体――労働意欲の源泉は家庭にあり

仕事と家庭をどう両立するか。働き盛りの父親なら誰しも一度は悩んだことのある課題です。東京都の調査では、子育て世代の父親の約七割が「もっと育児等をやりたい」と答えた一方、午後8時までに帰宅する父親は3割未満。近年は核家族化の影響もあって母親の約8割が父親により多くの育児参加を希望しており、理想と現実の落差が浮き彫りとなっています。

家庭生活の状態は仕事に少なからぬ影響を及ぼします。例えば、家族に「いってらっしゃい」と温かく見送られるのか、冷たい視線を浴びて家を出るのかでは一日のやる気が違ってきます。交通事故の要因に家庭内トラブルがあるのも一例です。その点、経営者は「家庭のことは社員の勝手」との考えを改め、仕事も家庭もトータルに社員の人生の充実を図っていくことが、会社の活力向上となることをまず認識すべきです。

考え方は、社員を「成功」に導く経営から「幸福」へ導く経営への転換です。いかに給与や待遇に恵まれて社員が経済的成功を収め〝いい生活〟を送れるようになっても、その家庭に心配事が絶えなければ、幸福な〝いい人生〟は得られません。個々の社員の「幸福」まで考えられる経営者が今、求められているのです。

Step2 社員とひと言の接点を

社員の家庭生活に心を配る――従業員が幸福になることの力に

実際に働き盛りの社員に、経営者はどういうケアをすればよいのか。30代はどれだけ仕事に全力投球できるかが問われる世代です。「伸び盛りの社員の熱意に水をさしたくはない」というのが経営者の本音かもしれません。留意すべきは「熱心さの弊害」です。人は物事に熱心に取り組んでいる時ほど、他人が熱心でないように見えて、相手を責めたり、咎める気持ちになりやすいのです。「おれがこれだけ頑張っているのに、妻は気楽なもんだ」という心があれば当然、家族との行き違いやケンカが起きやすくなるはずです。

経営者はこの点を理解し、社員の熱意を認めてやりつつ、そのガンバリが一人よがりになってないか、「手をかけずに目をかける」姿勢を持つことが重要です。

ある経営者は定期的に現場に足を運び、従業員への声かけを習慣としています。「奥さんは元気かな」「上のお子さんはおいくつに?」等のひと言でも、社員は「社長は、いつも私のことを気遣ってくれている」とうれしい気持ちになるのです。そうした接点が徐々に信頼関係を深め、時に社員から「実は今、家庭が……」と悩みを打ち明けられやすくなるのです。愛情をもって社員の心の声を「聴く」ことを心がけましょう。

Step3 父親のがんばりを家族に伝える

「お父さんはすごいなあ」――河村電気産業、子供訪問の日に学ぶ

近年、大手企業を中心に、子育て世代の男性社員の労働時間短縮や育児休業の取得推進等が試みられていますが、人手不足に悩む中小企業では、制度的なバックアップを活用しきれない現状があります。

その場合、社員の家庭生活のために何ができるのか。『オトコの子育て講座』の著者・青木匡光氏は「父親の魅力は、回数は少ないが重みのある『ボーナス』に似ている。母親の魅力は日々の暮らしのなかで感じる安定した継続する魅力、たとえるなら『月給』になる」と述べ「父親の忙しさは必ずしもマイナスではない。子どもとのほどよい関係をつくるのに、四六時中顔をつき合わせている必要はない」と説いています。

この視点で考えれば、社員が家庭で過ごす時間の〝量〟を増やせずとも、その〝質〟を高めていけばよいのです。家庭での存在感が増すよう、普段の仕事ぶりを家族に知らせることも一つ。夏休みに社員の子を招き、自由に社内見学をさせる愛知の河村電器産㈱の取り組みも一例です。見学日の夕飯時、子供が『お父さんはすごいなあ』と何度も言ってくれ、仕事のことをいろいろ聞いてくれたことが何より嬉しかったと、同社の社員は語っています。(参照/『道経塾』No.49)

Step4 トップの気持ちを伝えよう

社員をお預かりしているとの心で――慈悲の心でそのご家庭に道徳を

社員の家庭生活の〝質〟を高めていく一助として、経営者みずから、社員の家族と直接コミュニケーションをとることを習慣化している企業があります。

S社では毎年末になると、経営者がお歳暮を持って各社員の家庭に足を運び、一年のお礼と報告を、その家族に直接伝えています。その心は「大切な息子さん、大事なご主人を会社にお預かりしているわけだから、責任者としてお礼を申し上げるのは当然」というもの。そのトップの姿勢に感動して、便箋何枚もの礼状を送ってくる家族も少なくないそうです。

またJ社では毎年、新入社員の家族に対し、経営者が定期的に、その社員の状況や奮闘ぶりを愛情ある筆跡で手紙に記して送っています。そこにあるのは「ご家族に安心を与えたい」との思いです。

総合人間学「モラロジー」を創建した法学博士・廣池千九郎は、盤石な企業をつくる要点を次のように述べています。「社長というものは、儲けることに心を配るより、従業員が幸福になることの力になってやることが慈悲であります。社長さんと奥さんが手分けして、従業員の家庭を訪問して、生活の問題や子供の教育について相談にのってあげてください」(参照/モラロジー研究所編 改訂『廣池千九郎語録』)(『道経塾』No.55より)

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